魔に身を堕とし、爪振るう者
第一話 堕天
この世がこれほど憎いと思ったことは無い、全てが全て憎い、憎悪の対象にしかなりえない、私の大切なものに手を出した世界が憎くて堪らない。
だから私は世を放棄する。
美神令子は這うように山道を歩いていた、道など無い山道をふらつく体で必死になって歩いていた、其の表情は疲労に染まり今にも崩れそうな体を意思で支えているのが見て取れた。
彼女をこれほど駆り立てるのは背中に背負った男を守る為、横島忠夫を守るため、彼は目を瞑り美神の背で眠っている、眠っていると形容すべきだろうが其の体には力がない、彼の体はボロボロで酷く消耗しているようだった。
そんな彼を背負って歩く美神も服装からして普段来ているような女性的な服ではなく、黒い全身を覆うような戦闘服を着て、肩から自動小銃をさげ化粧もせずに、其の姿はまるで戦装束、彼女の職業GSでの戦いを想定したものではなく人間を相手取るための戦装束。
彼女は全身を血で覆いつくしている姿はまるで普段から似つかわしくない。
似つかわしくないのは彼女の同伴者である隣を歩く金髪のナインテールの少女タマモにも言えたことだ彼女も令子と同じような服装で小銃を下げ血塗れで歩いている。
彼女の表情も疲労に満ち、美神と大差無い状態だろう、本当に何時倒れてそのまま生を終えても誰もが疑わないであろうと言う有様。
だが妖怪、それも犬族であるタマモの体力は人間の令子の上を行くタマモが彼を背負うのを手伝えば令子は少しは負担が減るだろう、令子のほうが体力的に危険な状態に入っているのは本人が一番それをわかっているだろう。
それでも横島を運ぶのにタマモの助力は受けなかった、まるで自分の役目だと主張するように、彼女はここまでずっと彼を背負って歩いてきたのだ、ボロボロの体で女の体で平均的な男性を背負って、どれ程の無茶を彼女は自分に強いているのだろうか。
だが、其の表情、その疲労に染まった虚ろな表情の中で瞳だけはギラギラと力を宿していた、とても濁った力を、それを活力に彼女は歩いている。
とても濁った感情を糧に彼女は足を進めている、それだけが彼女を突き動かしている、歩けと、止まるなと、彼を守れと。
そんな美神にタマモは何も言わず、ボロボロの体を引き摺り付き従う、彼女も口を挟む権利は自分には無いと判っていたのだろう、彼女にはよく判っていただろう。
二人が共通していたのは、銃と、全身から放たれる血の臭い、そして憎悪に満ちた目だったのだから、其の濁り切った感情はタマモの中にも存在し其の感情に従って彼女は動いている、だから止められない、令子の無茶はタマモには止められない。
止めてはけないと判っているから、その憎悪こそが彼女を動かしているというように、その激情こそが今を生きる意味であるかのように、今其の行動が令子の意識を保っているものだと理解してしまっているから。
その目は修羅や羅刹の目、地獄を知った鬼の目、だけどもう一つ今彼女を動かしているもう一つの感情、令子の背中にいる男に対しての感情、それこそが今の彼女達の行動力となる源。
幾ら歩いたのだろう、もはや彼女達、特に美神は足も定まらず、数歩進んでは倒れ、また這うようにして立ち上がるそれでも背中の横島を必死で背負う、それを繰り返す。
タマモの助けを請わず、背から落ちた横島を背負い直す時だけ美神の目が優しげに揺れる、修羅の目など消え、まるで聖母のような柔らかな表情で横島を見つめそして苦渋に満ちた表情に変わり、また立ち上がり這うように進む。
それを繰り返す。
地に倒れるたびに、打ち付けた顔に傷を負い、美貌が歪む。
最早彼女の以前の美しさなど残っていない、血に塗れ、傷に塗れ、汚物に塗れる、それでも歩を進めることを優先している。
まるで、どこかに逃げ込もうとするように。
そして。
やっと。
目的地の門が見えて。
美神は気を失った。
眠るように。
そこは。
妙神山、神の居る地。
竜の姫君が座し、斉天大聖孫悟空が降臨する神の地。
タマモが倒れた美神達を、優しげに見詰め。
その門に向かった。
助けを請うために。
「美神さん・・・・美神さん・・・・・・・・・・・・」
誰かの呼ぶ声が聞こえる、誰、それにここは・・・・・・・・・・横島君。
ガバッ。
全身に痛みが走るが気にしてはいられない、私は自身の痛覚を無視して体を跳ね起す、痛みのおかげで妙に神経も過敏になって目が覚める。
「ここは、タマモ、タマモどこ、横島君は!!!」
声を出すだけで痛みが走る、だけど構っていられない、ここは安全なのか、タマモは、横島君は、私だけが無事でも何にもならない横島君は・・・・・・・・・。
体は容赦なく痛みを私に伝えようとする、五月蝿い、私の体、痛みなんて今は不要、私は直接電気を神経に流されるような痛みを耐えて体を動かそうとすると。
「美神さん、大丈夫ですか。ここは私の修行場です、タマモちゃんも横島さんもあちらで眠っています」
突然飛び起きた私に驚いたのか小竜姫、妙神山修行場の管理人は私を落ち着かせようとするのか、少し慌てている、其の顔を見て私は少しだけ落ち着けたここなら少しは安心できる。
「どうしたんですか、門のところで倒れているところをタマモちゃんが鬼門と共にここに運んできて、そこでタマモちゃんも気を失うし・・・・・・・・・・それにタマモちゃんと貴女は血塗れでした。それも返り血を、何があったんですか」
何かを探る目、当然よね、あれだけの血を浴びたのだから。
私は全身に血を浴びてここに来た筈なのだから、それも人間の血、大量の血を被ってここに辿り着いた筈だから、小竜姫なら気にするのは当たり前か。
今でも克明に思い出せるあの血の臭いに、其の血の元となった存在が最期にあげた声、表情、倒れる様、苦しむ様、全て覚えている。
「そう、アレは人間の血よ、私とタマモが殺したね」
其の全てが今思い出しても愉悦だ、血の臭い苦しみの表情、痛みの表情、命乞いの表情、其の全てが愉悦だったわ、まだ足りない、まだ足りない、私はもっと殺したい。
あいつ等が呼吸するのがムカつく、あいつ等の心臓が鼓動するのが腹立たしい、あいつ等がこの世に存在しているのが憎くてたまらない。
だから殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい。
「殺したって、貴女なんで!!」
なんで、なんでか、当たり前じゃない殺したかったから、それが一番判りやすい、殺さずにはいられなかったから、殺さないでいることなど不可能だったから、それでも一番殺したい連中はまだ殺していない、殺さないと、殺さないと、殺さないと、殺さないと、殺さないと、殺さないと、殺さないと、殺さないと、殺さないと、殺さないと、殺さないと、殺さないと、殺さないと。
殺さないと気が済まない、あの連中の全てを虐し、全てを侮辱し、ありとあらゆる苦痛を与えて殺してやりたい、それが今の一番の望み。
特にあの女が憎かった。
横島君を苦しめたから、侮辱したから、壊したから、だから、そして決意した私は・・・・・・・・あの女を殺す。
私から横島君を取り上げたあの女は殺す、壊した女は殺す、あの温かい笑顔を奪った女は殺す、私の横島君をあんな風にした女は殺す、壊して、砕いて、引き裂いて、潰して、轢いて、捻じ切って、燃やして、凍らして、溺れさせて殺してやる。
アア、私も壊れてるのかもね、当然か、壊れないほうがどうかしている、壊れた私は正常、壊れて正常っていうのも妙な感じだけど。
小竜姫、何で殺したのかって聞いたかしら。
「ねえ、私たちの体見たでしょ」
体の状態を感じれば判る、そこかしこに治療されたと思える場所がある。
「ええ、治療が必要でした。返り血だけでなく、タマモちゃんも貴女も傷だらけで」
小竜姫の表情が歪むのが分かる、その理由も想像がつく、ああ、その理由が壊れるほど憎らしいのだけど、でも小竜姫、あんたも見たなら判るでしょう。
「横島君は見た」
「ええ・・・・・見ました」
はっきりと表情が歪む。
当たり前よね、横島君の体見れたものじゃないもの、見て何も思わないのはあの連中の同類だけ、あの女の同類だけ。
最低の下種だけ。
「今は擦り傷だけだったはずよ、私がここに来るまでに付いのだけだと思う、でも古い傷がかなりあったでしょ、それこそ普通じゃ付かないような傷が」
私が見ただけでも、全身が過剰の殴打を受けて骨が歪になっていた、火による火傷、電気で受けた火傷、薬品で焼かれたのか変色した皮膚、爪は一枚もまともな状態じゃなく、全て剥がされたのだろう、それにやせ細っていた。
どうすればこう出来るのか判らない程、横島君は暴虐の限りを尽くされていた。
「はい」
小竜姫、見ていられないぐらいの表情をするのね、それは今の私の表情も同じかもね、マトモな表情で横島君のあの姿を思い出させる言葉を紡ぐ自信は私にはない。
でも口は、言葉を端的に紡ぎだす。
「だから」
だから私は初めて人を殺した、タマモもタマモは特に危険視されている妖怪、そんなことをしたら国から狙われるのに、それでも許せなかった。
いや違う、赦すとか赦さないとかそんな話じゃない、そんなのはどうでもいい、殺す。
嗚呼、堪えきれない、今すぐにでもまた殺したい。
あの女どもが生きていい権利なんて欠片も在りはしない。
故に私は感情のまま言葉を口走るのをとめることは出来なかった、とめるつもりが無かったのかもしれないけど、それはどっちでもいい事。
「だから殺した、横島君をあんな風にした奴等を殺しちゃいけないなんて言わせない、あんな風にした奴を、あんたにだって言わせない。横島君ね、怪我だけじゃないのよ、今は眠っているけど、起きたら脅えるのよ、私を見て脅えるのよぉ、うっ・・タマモも見て脅えて泣き出すのよ、そして・・・・・・・・這い蹲ってね、私にこう言うの、言うこと聞きますから、なんでもしますから、許してくださいって、何か食べさせてくださいって」
そう、あの時の横島君を見て私の心は凍った、二度と溶けないくらいにだから私は殺すあの女を、横島君をこんなにした連中を許さない。
私に這い蹲って、誰だか分からず、只許しを乞う、愛しい人を見て許せるものか、赦せたらそいつも下種だ。
「・・・・・・・・何があったんです」
小竜姫はもう私が人殺しをしたことを問い詰める感じではない、その竜の本性、その激情が破壊と再生を司る本能がその目に宿っていた、破壊の色に染まって。
今の私に似ている目なのかもね、そういえばあんたも横島君のこと好きだったのよね。
貴女が同じ事を横島君にされたらどうなるかしら、私は耐え切れなかった、見ていられなかった、だから横島君を眠らせてここまで運んだ。
横島君の口から私に脅える言葉なんて聞きたくなかったから、聞いていたら、心が本当に壊れてしまいそうだったから。
「捕まったのよ、横島君、魔族としてね」
そう、2週間前、突然横島君が消息を絶った、本当に突然、消えるように。
この時私が、消えたその日に必死になっていればと思うと、辞めよう仮定なんて意味が無い、過ぎたことを繰り返しても意味が無い。
私は最初は気にもしなかった、けど3日も経つと、まずシロが騒ぎ出した、家にも帰っていないらしかった、人狼の彼女の嗅覚ならそれもわかるだろう。
この時には私も少し不安を覚えていた、また大切なものがなくなる恐怖感がそれを覚えさせたんだろうけど、この時も私はそれを否定し、真剣には探さなかった。
アイツはいつも私の傍にいてくれたから、いなくなるなんて考えられなかった、それが甘えだったなんて今は嫌って程わかっているけど。
それからシロとタマモが町中を走り回っていた、その残り香を探そうと。
いなくなって1週間たって、横島君の知人にも頭を下げ、本職の探偵を金に糸目をつけずに探したけど、神隠しにでもあったかのようにどこにもいなかった。
この頃には私も形振り構っていなかったと思う、アイツがいない一週間は私に多大なストレスと不安を与えてくれていたから、でも見つからない。
アイツの友達、多すぎるのよねアイツを心配する奴って、そんな奴らを総動員しても見つからない。
そして5日前、横島君の友人達と一緒に横島君のアパート何回目課も忘れたけど見に行った時、偶然作り置きしていたのだろう彼の文珠を見つけた。
だが「捜」の文殊を使い、探したけど見つからなかった。
でも、なんとなく思いつきで使った「映」の文殊がこの部屋の以前の映像を私達に見せた、そこには麻酔銃で撃たれ、手錠を掛けられた横島君が、どこかに連れて行かれる光景。
抵抗するアイツを無理矢理拉致するように連れて行く男達の姿。
連れて行ったのはオカルトGメン、ママのあの女の属する組織だった。
それから今日まで、残った文殊と、エミや六道理事に頭を下げて頼み込んで調べさせた、横島君の拉致にあの女が関わっているのは絶対で、私達に知らさないのは。
探していることを知ってるくせに、知らせないのはろくでもないことをしている証拠だったから。
だから直接は聞かなかった。
エミは昔の裏家業の時の伝手を使って、私の様子を見たエミが私をからかおうともしないで協力を約束したのは其の時の私の表情が見れたものじゃなかったからだろう。
「元気だけはだしておくわけ、坊やが見つかった時にあんたが倒れたら何にもならないわけ」って言って帰っていった、あの時初めてエミに感謝した。
六道理事はGS界での顔の広さを使って調べ上げた。
六道理事が調べ上げたのは、GS協会、オカルトGメンの両方が関わっていること、この事件が正式な命令によって下されたこと、そして捕獲対象が魔族であるということ。
其の対象魔族のことは調べ上げられないそうだけど、きな臭いと忠告された「あの女」が関わっていることも、もしかしたら六道理事は知っていたのかもしれない、言えなかった理由は想像が付くけど、あの時の表情は今思うとそう感じる。
エミが調べ上げたのは凄惨だった、彼女は私に話したくないと言ってなかなか言おうとしなかった。
それこそ初めて見たかもしれない、エミが顔を青くさせている表情なんて世界の外道の知識を知る黒魔術師、しかもかなり陰惨な人生を歩んだであろうエミが顔を青褪めさせ語るのは、それでも聞いた内容は。
怖気が走った。
怒りも、憤怒も、恨みも、何もかもの攻撃的な感情と共に、怖気が走った、それが人間のすることかと、下種など生ぬるい、外道など正道に感じるほどの陰惨さ。
其の時はそう感じた。
横島君が魔族として捕獲され、いま都庁のアシュタロスの時の場所に居ること、そこである実験が行われているということ、その対象が横島君であるということ。
実験の内容は、人魔たる横島忠夫の洗脳、及び人工的文殊の生産機への転換。
生体機械への人間の改造、そのための意志の順従化の為の虐待。
つまりあいつらは横島君の文殊が狙いだった、文殊を作る機械に仕立て上げようとしていた。
それがわかったのが昨日。
「という訳よ、襲撃をかけて横島君を連れ出せたまでは良かったんだけど」
そこで・・・・・・・・・・・。
「シロは撃たれたわ、多分・・・・・・・・・・おキヌちゃんは生きていると思う、ほかのみんなは判らない、ピートや雪之丞やエミは最後まで一緒だったから生きているとは思うけど」
あいつ等無事かしら、まだ私はあいつ等を心配出来る、そんなことが妙に安心できる。
「それで、ここに」
既に小竜姫の声は硬質の、揺らぎの無いもの、普段なら震えが来るのかしら、でも感じないわね。
「おいそれと攻め込めないからここ、シロが生きていれば人狼の里でもよかったんだけど」
「これから」
私がここにいるのはいいのね。
「魔界に行かせて」
そう、今は横島君を癒す、半魔族化しているのは事実だった、ここよりも魔界のほうがいいはずだ、それに絶対に手が出せなくなる。
人間は魔界では生きてはいけない、魔界の連中も人間の命になどは従わない。
「でも、貴女は人間です、魔界は」
其の答えは簡単、横島君が魔族なら・・・・・・・・・・・・・。
「大丈夫よ、私も魔族になるもの」
そう決めた、横島君が魔族になるのなら、私も魔族になる、人はたやすく魔に身を落とせるのだから。
横島君と同じになれるんだから、私は、喜びすら感じる。
前世も魔族だ、横島君1000年振りにメフィストに会えるかもしれないわよ。
後書き
改訂版ですが、更にダーク度が増したような感じになりました、二度目の改訂ですが、段々と凄絶になっているような気がします。
これはかなりお気に入りなんですが改訂が難しいですね、順次改訂して掲載していきたいとは思っているんですが。
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