魔に身を堕とし、爪振るう者
第二話 大妖、金毛九尾白面、玉藻
燃やして、燃やして、燃やし尽くす、私は炎、全てを焼き尽くす。
心も、プライドも、体も、何もかも、ここには塵しかいない、燃やして綺麗にしよう。
炎の浄化が必要な下種の巣なのだから。
東京、都庁舎ビル、地下霊的拠点にて爆発事故発生。
横島忠夫拉致虐待事件より一年、無論この事件は非公開、真実を知る人間など一握りに過ぎない、表向きにはオカルトGメンに対するテロリストの襲撃事件より一年。
この一年何事も無く、何かが起こったわけでもない、逃げ延びたテロリストは見つかることも無く、事件の真相を知るものが捌かれたわけでもない。
事実はすべて闇の中、闇の中に落ちコールタールのようなヘドロに塗れて偽りに覆われて全ては闇の底に沈められている。
だが闇に沈めるには些か知りすぎるものが多すぎる、莫闇に静めるには無理な刻限だよ。
裁きを、断罪を、私刑を、復讐を、反逆を、全てを付き返してやれる時間は既に万全の十分の十全。
始めよう、炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で炎で彩られたパーティを。
爆音と炎を共に都庁舎の地下に侵入者を告げる警報が鳴り響く、それはまるでこれから始まる惨劇の開幕の合図のように突然で唐突でそして劇的だった。
そうだろう、劇的、其の言葉が相応しい、これから始まるのは惨劇喜劇殺戮劇、血の、死の、苦痛の、炎の劇、死を振り撒く殺し合いの舞台としては相応しき開幕、殺し、殺し、殺し、死が振り撒くカーニバルには相応しい皆殺しの舞台の開幕音。
誰もが彼もが死地に飛び込み、死地に飛び込む愚か者を焼き尽くす、そんな舞台が始まるに、それを告げるのに相応しい炎のカーニバルのファンファーレ。
爆音はあまりに似合いの開演を告げるミュージック。
さぁ、死を彩る惨劇喜劇殺戮劇の主演、炎を伴った紅蓮の侵入者、侵入者は女、妙齢の女唯一人、和装の衣を纏い、金色の髪をたなびかせる美女、頭部より犬のような耳が生え、臀部からは自身の体より長大で巨大な九本の尻尾。
金毛妖狐白面九尾の狐、玉藻、成長した女性の肢体を持つ魔性の美女。
唯一人、玉藻唯一人、圧倒的存在感を放つ唯一人。
表情に微笑を湛え、心に憎悪を湛え、その身を炎に包み、この炎のカーニバルの開演を告げ、カーニバルの主役。
「さて、返してもらいましょうか、色々と」
周囲に大量の屍を散乱させその場所でさえ彼女は柔和な微笑を浮かべて呟いた、優しく清々しく、晴れやかに、何の迷いも無く、死の渦巻く空間で場違いな程、その場に溶け込む美女、それは魔性、それは神性、全てが全てがない交ぜ、故にその存在感は圧倒的。
微笑みは伝説で傾国の美女と言われたそれ、稀代の美女の微笑み、艶美で淫靡、男女を問わずに人を引き付ける笑み、だが焼死体の中に佇む彼女の微笑みは魔性のそれを強く表していた、この死の溢れる場所ではその濁りの無い微笑みはあまりに場違いだったから、あまりにそぐわなかったから。
あまりにそぐわない筈なのに、それなのに彼女にはこの場所がよく似合っていた。
そしてその身には神々しさすら宿っている、単一としての純粋さ、がない交ぜの筈なのに単一、単一定理に染まった混合存在、神と魔をともに宿した妖。
彼女はゆっくりと己の目的地へと足を進める、まるで侵入していることなど厭わぬ様に、まるで自分の庭を散歩するような足取りで、敵地で闊歩する、いやカーニバルの会場を。
魔性の身が神性の身が、魔都東京、最大結界拠点の只中を思うが侭に自由気ままに、その足をゆっくりと運んでいた、優雅に、可憐に、堂々と。
彼女を阻むものは無い、彼女の前に立ち塞がる人間は全て殺される、何の躊躇いも無く憂慮も無く迷いも無く、殺し尽くす。
ただ、一瞬、炎に巻かれて殺される、全てが全て殺される、抵抗も憂慮も何も無く。
彼女にしてみれば殺す概念すらないのかもしれない、彼女が立ちふさがる人間に対する所作は鬱陶しい羽虫を払いのけるのに等しい。
真実、その殺人という作業はまるで害虫を駆除するようなお手軽さで行われている、彼女の観点では害虫駆除と殺人に差があるとは思えない、只の扇の一扇ぎ、扇で羽虫を打ち落とすのとどれだけの差があるのか。
まぁ、それは当たり前にして必然。
彼女は人間と害虫の区別をつけていないのだから、只の五月蝿い羽虫の行動に一々目くじらを立てる人間はいない、鬱陶しいから殺虫剤を掛けるのが人間だろう、彼女は同じ感覚で彼女は立ち塞がる全てを手に持った扇の一払いで燃やし尽くしていたのだから。
そして彼女はその程度の鬱陶しさを排除はするがそれに気分を害されるほどは狭量ではない、故に笑みは崩さず、微笑みのまま殺戮を続け闊歩する。
彼女は殺すことに快感も、抵抗も、歓喜も、諦観も、意味も、感情も何も込めてはいない。
蚊を殺すのにそんな感情を込めるような存在はいないのだから。
彼女の前に、彼女の視界に入ったらまるで挨拶でもするように扇を薙ぎ、扇の先から発生する超高温の炎が人間を燃やし尽くす、抵抗も逃亡も降伏も無意味に、無慈悲に非情に確実に殺している、消し去っている。
彼女の通った後に残るのは人間の成れの果て、人間だった肉の加熱体、ミディアムに焼かれた人間だった肉の塊に過ぎないものに変えられる、漂うのはたんぱく質の燃える臭いと、髪を燃やした時に生じる異臭、吐き気のする死体の臭い。
現在進行形に於いて、臭いは濃くなっていく。
その光景は戦いにすらなっていない、対妖怪装備を装備した警備員達がまるで塵クズのように殺されている、塵殺されている、蹂躙されている、踏みつけられている。
これが戦いか、これが戦いならばまるで像と蟻の戦い、彼我の戦力さは天と地、矮小なる人間が神に贖うが如き戦い。
故に戦いは成り立っていない、一方的に炎のダンスを踊らされるダンスパーティー。
この戦いと呼べないパーティーは延々と続いた彼女の視界に人が移る度に、彼女の歩みの跡に残されたのは所々に残された虫けらの踊りの残滓のみ。
無論彼女は一瞬で人間を空気に変えるだけの火力を発揮できるのだが、残骸を残したのは只の嫌がらせ、焼け爛れた人間の成れの果てがオブジェとしては中々だと感じたからだろう。
数十分後、地獄が始まって数十分、序曲が始まっての数十分。
警備隊が敵わないとされ呼び出された美神美知恵率いるオカルトGメンの精鋭達が、玉藻の進路上で待ち構えていた、正しく待ち伏せ、防御に回るならば中々に悪くない布陣だろうが、それは指揮するものが有能だった場合。
無論美智惠は無能ではなく有能だったのだろうけど、この時点では有能からは程遠かった。
美知恵は選択を誤っている、彼女は玉藻と接触した瞬間に出来るだけの抵抗をしておくべきだったのだ、この場面でしか抵抗は赦されなかったのだから、いやこの場面でしか攻撃能力を有していなかったというべきか、恐らくそれが正確だから。
彼女は愚かにも玉藻を軽んじた、敵を軽んじた、過去を知る彼女は彼女を軽んじた。
彼女の本性を知るくせに、彼女の力の最大値を予想できる立場にいたのに、過去とは決定的に変わっている玉藻に会話を臨んだのだから、無論彼女の思惑は会話により情報を引き出そうとしたに違いないのだろうが、相手が其の会話による話術が通用するかどうかは判っていなかった。
彼女が見誤ったのは、恐らくは玉藻の戦力、彼女は玉藻を倒せると思い込んだことだろう、どんな策を用意したかは知らないが、全てが無為に終わる策を用意した、故に会話に臨む余裕が生まれたに違いない、だがそんな余裕をもつものではなかった。
弱きものが強者に勝つには策を弄し、全力を持ちて戦いに臨む、それしか出来ることは無いのに、彼女は最大の愚かを玉藻に対して犯してしまった。
戦いが始まるその瞬間に。
玉藻としては目的地まであと少し、呑気に歩かずに走っていれば当に到達し脱出していたであろうが、彼女はもしかしたらこうなる事を望んでいたのかもしれない。
目の前に美知恵が現れることを期待してゆっくりと歩いていたのかもしれない、その証拠に彼女は焼き払わない。
彼女は目の前にした怨敵を前にしてもその柔和な笑みを崩さずに口を開いた。
「久方振りね、人間の屑」
開いた口は辛辣で、虫けらに語り掛けるほどの何の感情も込められてはいなかった。
美知恵は気圧されていた、玉藻の声に伴われる霊圧に、威圧感に、その背中に写る巨大な狐、九尾の狐の姿に、勿論それは幻視だろうが、それは古の大妖怪、当時をはるかに上回る化物の姿、恐らくは玉藻本来の化生としての姿。
その姿に呑まれ、それでもその時点では自分を愚かだとは断じなかった、全力で逃げを打てば一人は助かったかもしれないのに、一人は生き残れたかもしれないのに。
「どうしたの、人間の屑。この程度で気圧されたなんて言わないでくれる、まだ私は三分も力を出していないわよ。いや1分と言った方がいいかしら」
そうは言うが玉藻の発しているマイト数は2万マイトを上回っている、これで一分以下ならば本気を出せば単純計算で20万マイト以上という事を言ってのけている、正しく上級魔族クラスの力、玉藻に敵対する人間で最大が美知恵の120マイト、次元が違う。
かの魔神、アシュタロスには及ばないにしても神にも魔神にもその一柱と数えられても致し方ない力。
その力の持ち主が、見方によっては厭らしく、淫靡に、愉快そうに口を開く。
「ねぇ、口を開きなさい。一年ぶりでしょう。聴きたいことぐらいあるんじゃないの。私も言いたいことは鬱積するぐらいあることだし。そう鬱積するぐらいにつもりに積もっている」
口で美知恵を急かさせるが、誰もその声に反応しない、否出来ない。
誰も彼もが動こうとせず、言葉に反応もしない、その所作に不満を抱いたのか玉藻が僅かに顔を歪め、不快気に、玉藻が僅かに目を険しくさせ美知恵の周りにいた若い男を僅かに睨みつける。
只、それだけで、その若い男は、絶叫を上げて床にのた打ち回った、その表情を凄絶に歪めて、男は意味不明な事を叫び、手で顔を掻き毟り、指に力が篭っていたのだろう、顔にハッキリと爪痕が残されている、まるで発狂しているような状態になった。
突然に、なんの前触れも無く。
唐突に、予兆もなく。
只、玉藻は見ただけ、その男を軽く見据えただけ、それだけで、男は発狂した。
正しく、異常事態。
「何をしたの!!」
美知恵が銃を、恐らく高純度の精霊石弾頭の銃を玉藻に突き付けて詰問する、だが、気付いていないだろう、この異常事態が起こって自分の体が動くようになったという事に。
恐怖に縛られた体が、目の前の異常事態に反応して動き出したという事に。
そして玉藻は態々、美知恵を動かすための“切っ掛け”として、彼女主観の人間の屑の周りにいた羽虫の一人を気付け薬程度の気分で“壊した”のだと、それだけを目的に人間一人を発狂させたのだと、そしてそれを一睨みでやってのけてしまうという事を、それはもう玉藻に見られるだけで敵は敵として対抗できないことを示していると。
「私が何かしたかしら、その虫が勝手に私の霊圧に負けて“壊れた”だけ。私を責められても迷惑ね。もう少し鍛えていたほうがいいんじゃない。使い捨ての兵隊蟻だってさ。使えない塵をいくら従えても虫けらよりも役に立たないわよ」
毒なんて発言ではない、玉藻の目は人間を自分以下に見下した発言、それも柔和な笑みの下で、艶美な美貌の下で、人間を完全に侮蔑しきった目を宿らせていた、因みに男を“壊した”のは玉藻の幻術である、人間にとっての最悪を見せたのだ、壊れるほどの最悪を、それがどんな光景かは知らないが。
人間を壊せる“最悪”、人間を一瞬で消し去れる最悪、性質の悪い攻撃方法だろう、視線一つで人間を壊せてしまうのだから、無敵に過ぎる攻撃だろう。
「それに、私は会話をしたいの、貴女も私に会話を望んでいる。貴女のような下賤と私が話をしてあげようといっているのよ。早く聴きたいことを聴きなさい、屑。そんな兵隊の生死どうでもいい事でしょう。いくらでも替えが利く塵屑に気を裂かないでもらいたいわ。」
更に吐き出される毒。
そして、美知恵に話をすることを促す、拒否することの出来ない言霊を篭めて、玉藻は本来煩わしい俗事を嫌う性格なのだから、チンタラ会話が始まらないのに苛付いていたのかもしれない、その気付け薬に使われたものは溜まったものではないだろうが。
そして会話が始まった。
玉藻にとっては愉快で不愉快、美知恵にとっては悲惨な、酷い認めがたい物語の始まり。
「令子は何処に行ったの?」
美知恵が最初に玉藻に聴いたことは自分の娘の居所だった、どうでもいいが一つの隊を率いる人間としていきなり私事を聞くのはどうだろう。
公人としての立場で戦いに赴いているのに私事、この際そんなことは忘れ去るべきことだろうに、尋ねるべきことではないのだろうに、そしてそれはなんと馬鹿げた、なんと愚かな、なんと愉快な、なんと気の狂った質問だろう、今更、今更、それを聞いてどうすると言うのだ、今更、娘と仲直りでもしようというのか、今更、また家族でも形成しようとでもいうのか、愚かに過ぎる、だが玉藻は僅かに口元に嘲笑を浮かべて聴き返した。
「それを聴いてどうするの、聞いてどうするって言うの」
本当だ、聞いて如何するのだ。
「決まっているでしょ、令子は私の娘よ、帰ってきてもらうわ。横島君の事の真相を話したらあの子だって判ってくれる。あれは仕方がないことだったのよ」
やはり愚かだった、現実を見ていなかった、この女は理想に生きている、自分の中の理想に、そして自分の理想が常に正しいと思い込んでいる、愉快だ、痛快だ、これほど面白いことがあるか、この女は全て知っていた、全てを知っていた、それでいて横島忠夫をあそこまでに追いやった、どんな理由があったにせよ。
どんな理由があったにせよ、この女は自分の娘の最愛の人を“壊した”、完全に完膚無きにひとつ残らず、未来永劫元に戻る事無く“壊した”。
直接的であろうと、間接的であろうと、その関わりが大なり小なりであろうと、結果を知っていた、それを知って、助けなかった、助けようとしなかった、教えもしなかった。
いや手すら貸していた、それが仕方ない、それが仕方ない、それが仕方ない。
そんな言葉で済ませられると、そんな言葉で赦されると、そんな言葉で娘の激情が納まると、そんな言葉で横島忠夫が元に戻ると。
この女は自覚していないだろう、自分の娘も自分の手で壊したという事を、自分との関係も、自分に纏わる全ても一切合財ぶち壊しにしたのが自分だという事を自覚していない。
愉快だ、痛快だ、自分を判っていない、自分を知らなさ過ぎる、愚鈍に過ぎる、滑稽に過ぎる、その姿はコメディアン、無意識的なコメディアンにたとえるが相応しい。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!!!」
故に玉藻は爆笑した、心の底から、朗らかに、愉快そうに、無邪気に、無垢に、笑った。
哂った、笑った、わらった、ワラッタ、大いに笑った、目の前にいる気狂いに対して哂いかけた、嘲笑をぶつけ、何の隠し立てもなく完全に侮辱の笑いを叩き付けた。
だが、その笑いの根源を美知恵は理解できていない、笑われるなんて何もわかっていない、故に激昂し。
「黙りなさい!!!」
叫んだ、だが馬鹿の叫びなど意に介するものか、玉藻は雅な衣装が乱れるのも構わず全身を使って大笑いしていた、笑いが収まるまでずっと、目尻に涙すら浮かべて腹を抱えるように身を折り曲げて、全身を使って“愉快”を表現していた。
激昂しようと、美智惠は玉藻に対して何も出来ない、何も出来はしない、神に近い存在においそれと手を出されるものか、しかも自分が侮辱された程度で。
その程度の自制心は持っていたようだった、だが何故隙だらけで大笑いしている敵に攻撃をしないのだろうか、だから愚かに過ぎるのだろうが。
そして笑いを収め、それでも口元に笑いの残滓を残したまま玉藻は語る。
「はぁはぁ、中々楽しませてくれるじゃない。これだけでも会話の価値はあったかしらね。
お礼に素直に答えてあげるわ、魔界よ、忠夫の看護をして暮らしている。看護でもないかもね、あれは奉仕って言うのが正しいんじゃないかしら。それとも隷従かしらね」
玉藻の様子に怒り心頭だった彼女だが今の一言で静まった、怒りなど感じる余裕を失ったという事だろう、恐らく彼女が想定した最悪の娘の居場所が魔界だったのだろうから。
後半部分は耳に入っていなかったのか反応が無い。
今現在の、令子の横島に接する態度は確かに奉仕と言う表現が近い、またそれは後日に語ることだろうが、それに隷従というのも間違いではない。
他人が見たらそう感じるのもまた間違いではないだろうから。
「そ、そんな、出鱈目。令子は人間」
魔界、其処は並みの人間では到底会いに行くことなんて不可能なところなのだ、人間は魔界で生存さえ出来ない、美知恵が魔界に行くことは死を意味する。
だから同じ人間である娘が魔界にいるということも否定する、否定したいのだろう、否定が望む答えだから、それが現実を見据えない、幻想理想に生きるこの女の現実だったから。
故にそれを盾に矛盾を突いて反論しようとするが、意に介さず玉藻は言葉を続ける。
「それに会って忠夫のことを話す、か。口にした瞬間に殺されるんじゃないかいしら。言っておくけど、私達は貴女にどんな事情が在ろうとなかろうと、特に貴女の娘は貴女を憎悪している。今更どんな理由があっても私達と貴女に和解と言う選択肢は存在しない、これだけは断言できる確定事項、和解なんて今更に過ぎるの。それに、あいつも悪魔になってるんだし、前世返りとでもいうのかしらね、かなり強力な魔族よ、フェレスは。加えて私もフェレスも人間殺し、幾ら貴女でも人間界ではあなたの娘は重犯罪者、帰ってきてもどうなることやら。貴女でも庇い切れないでしょう」
フェレスは令子が魔族になった際に名乗りだした名前である、勿論由来は前世のメフィスト・フェレスから来ている(安直だ)。
フェレスは現在のところ殆ど横島忠夫と共に魔界の片隅で生活している、胸にある憎悪よりも横島忠夫から僅かでも離れて、もしまた傷つけられたらという恐怖で離れられないのだ、フェレスが離れて行動するときは、信頼する仲間、玉藻等が横島のそばに付いているときだけだった、それ以外では絶対に離れない。
横島の傍に居る魔族は、フェレス、ワルキューレ、ベスパ、パピリオ、魔界に帰って来ていたグーラー、そして何故か復活しているメドーサ(彼女については次の話で)。
そして、妖怪としては最強の部類に分類される魔性、玉藻である。
戦闘能力順に並べると玉藻、ベスパ、フェレス、パピリオ、メドーサ、ワルキューレ、グーラーとなるのだろうか、何気に魔族でもない玉藻が最強になっている。
因みに玉藻の作者内のイメージ、獣バージョン+戦闘能力は白面の者(うしおとトラ)、というわけでかなり本格的に強い、神も魔の神も蹂躙できてしまうぐらいには。
話は戻るが美知恵はそれを聞いて、更に顔を青褪めさせている、娘が一年前のあの日に大量殺人を犯して横島忠夫を救出したことを忘れているのだろうか。
本当に娘に自分の理想に関しては盲目だ。
因みにその犯人として現在も逃亡中の横島関連のGSはいるのだ(主に雪之丞、エミ等)。
フェレス、つまり令子の名前は何故か犯罪者として無い、それは美知恵が自分の娘だけを守ろうとした結果だろうが、美知恵が顔を青褪めさせたのは魔族となっていることである。
魔族になることは出来ても人間に戻ることは出来ないのだから、それにしても職権濫用で独善的、救いようがないエゴの塊。
「他に質問は、それだけじゃないでしょ、聞きたいことは」
顔を青褪めさせている美知恵に言葉を掛ける玉藻、その顔は何処までも愉悦に染まっている、この憎悪の対象の顔は今は愉悦の根源になれる程度には愉快だということだろう。
只その愉悦は長くは続かなかったが、やはり目の前の女は不快の根源。
「横島君はどうなっているの」
もしかして彼女が一番恐れているのはそれなのかもしれない。
人類最強のGSといって過言ではない横島忠夫、そして人間が“壊した”横島忠夫。
彼の復帰は恐れるに足る、彼の能力を欲して侵した罪、だが犯すだけの価値があった能力、それが完全に牙を剥く、それは恐ろしすぎる。
力ではなく能力がまったくの未知、未知は恐怖の対象としては十全。
だがそれはどうでもいい。
美智惠の質問、それは最悪の質問だろう、どの口を開いて貴様が彼の事を聴く、それを口にする権利があるとでも思っていたのか、気に掛ける権利が、あるのは罪に脅える権利だけだ、罪を償う権利すら彼女には無い、罪を脅える権利だけ。
瞬時に玉藻の目付きが変わった。
柔和な表情は無表情となり、目は明らかに敵意を浮き彫りにした。
玉藻から放たれる威圧感もその質を変え凄まじいレベルで妖気が噴出している。
「どうなっている、どうなっている。貴女が聴く、貴女がそれを聴く、どの口を開いてそれを聴く。貴女が壊した人間の成れの果てでも知りたい。成れの果てを聞いて更に嬲りたい。それとも愚かなことをしたとでも謝りたい。それとも自分は悪くないとでも戯言を述べたい。横島から許しを得れば娘が赦してくれるとでも妄想でもたくましくした」
噴出しているのは怒りか、憎悪か、嘲りか、いかなる負の感情でも特定出来ない濁りきった感情、がない交ぜになった負の感情、瘴気。
完全に先ほど以上に美知恵達は気圧された、今の霊圧は先程の倍五万マイトは放出されているだろうか。
「知りたいのなら、教えてあげる。あれから忠夫がどうなったのか」
でも、その前に。
そう呟いて玉藻は扇を一閃、美知恵以外の有象無象を焼き尽くした。
「邪魔者も消えたことだし、話しましょうか」
後書き
改定前より暗く残酷に描写したつもりですがいかがだったでしょうか。
玉藻が強すぎる気がしないでもありませんが、絶対的強者対今まで絶対的権力を保持していた愚か者という対決構図だからいいでしょう、基本的に一方的にやるということはしませんが。
次は玉藻が語る一年間の話。
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