魔界から人界へ

 

これからが戦いだ、否、戦いではない報復、戦いと呼ぶ主義主張のぶつかり合いの言葉をこの争いに持ち出すのは戦いという言葉が穢れる、この争いは醜く愚かで救いようが無い。

 

そんな争いに戦いの言葉は相応しくは決してない、故にこれからは争いだ。

 

誰か一人の為の争いと、己達の欲望の借財との争い、女達の争いと、愚者達の争い。

 

彼を騙し、彼を裏切り、彼を貶め、彼を傷つけ、彼を壊し、彼を踏みつけ、彼を汚す、そんなことを赦すことなど出来ない女達とそれを為した愚か者との間での争い、この争いに妥協は無い。

 

そもそも争いだ、戦争でも戦いでも主義主張のぶつかり合いでもない、妥協点などそもそもの前提として存在しない、そもそもの始まりに妥協の余地はない、故に戦いではなく争いなのだろうが、どちらかが完全に終わってしまうまで続けられる争い。

 

それは宗教戦争に通じる、譲れない何かを持った集団の争いは戦争の段階になっても争いの域を出ない、戦いと呼べるほどの高度さは在り得ない、どちらも譲らず、どちらも止まらない。

 

それを貫き通すのが片方だけだとしても同じこと、片方が譲らず、片方が止まらない戦いを続けるならば片方のとるべき道は駆逐されるか逃げるか、争い続けるか、選択としてはこの三択を超えない、そして愚かである以上はとるべき道は二択しかあり得ない。

 

故にこれより救いようのない戦いの開幕だ、許容できる時間は当に過ぎた、耐え忍ぶ時間はもう終わりだ、もう準備は整った、策は整った、術は完成した、後は僅かな時間と行動を始めるのみ、もう時節は整った。

 

 

 

 

 

彼女の身の興奮は沸き立つよう、どれだけの時間を耐え忍んだのだろう、どれだけの時を己の中に激情を潜めていたのだろう、どれだけの長きに渡り冷たい怒りを研磨してきたのだろう、どれだけの長さ己を押さえ込むことに費やしただろう。

 

だが時間はもうすぐだ、もうすぐに、もうすぐに、もうすぐに、もうすぐに、もうすぐに、彼女の感情は、怒りには、憎しみは、恨みは、怨嗟は、激情は、悲しみは、憤りは、その全てが全てを吐き出す時節にはもうすぐだ。

 

彼を傷つけた愚か者に己の爪を振るうとき、己を騙し彼を奪い取った雌豚を地獄の底に突き落とす時を、壊した馬鹿どもに同じ目に合わしてやる時を、今が時節だ、今がその許しが出る時だ。

 

一年も前には止められた、人の体の時は己では何も出来ず、所詮は個人でしかない弱さでは何も出来ない、それに彼を放しての争いの場を、彼女がいても怯えられるだけとは判ってはいても、彼女が彼から一時の間でも離れることを拒否した、彼の目に触れることは出来なくても己の目の中には彼を置いておきたかった。

 

それは彼女の中で報復さえも上回った選択、失う怖さを味わい続けた彼女にとってこれ以上失うことは恐怖、これ以上ないほどの恐怖、彼の、普段の明るい彼を失って、日常を失って、信じていた女の仮初の姿を失って、仲間を失って、それ以外にも多くを失って。

 

それだけを失って、それでも彼を、壊れた彼でさえもうすなうことは絶対の恐怖。

 

故に一年の前には報復は選択できなかった、そもそもが選択以前に位置している選択だったのかもしれない。

 

魔族の体になり、魔の地に落ち着いた時は今度はしがらみがついてきて大々的な報復には時間がかかる、時期的に一方的な人間への攻撃は魔族ですら躊躇われる時期、その時期が彼女の報復を阻んだ、その時からの待つ時間がどれほど苦しかったことか。

 

待つという時間がどれほどの悩みを彼女に沸き起こらせ、苦しみを与え、冷たい怒りを募らせてきたことか、時間という時間の中で。

 

だが時間はそれを赦してくれた、しがらみさえも取り外し、報復の時を。

 

待ちに待った報復を、己の何かを傷つけられた以上はその何倍にもして味合わせて、いや彼が壊れたことに比べれば何と生温いのかもしれないが、彼女の気の済むまでに破壊を、流血を、苦悶を、最悪を、魔の身体が示すとおりに災厄を降り注ぐ。

 

例え、それが彼女、否彼女達の復讐という私意に生じることだとしても、彼の為よりも赦せない彼女達が下すと選択した争いだとしても彼女達は手を緩めはしないだろう。

 

既に揃った、意識も、時節も、策も、何もかも、最早止めることなど、辞めることなど、そもそもが除外な選択だろう、そもそもに何もしないなんて選択はあり得ない。

 

物語の流れより争いは既に決まっている。

 

 

 

 

 

その昂ぶりに身を置いても彼女は揺れ動く、元々が詭弁、権謀術数に関すれば長けた彼女のこと、こと策に関すれば彼女の非常識なまでの手段の思いつきは敵として最悪を形作ることがある、それに加えて、妖怪の王としての力に加え、知識、知恵の範囲でも群を抜く白面こと玉藻、戦術に長ける戦乙女、更には永劫の長くを闘争、それも闇の闘争に明け暮れ蛇神、彼女らが揃っているのだからこの争いの結末への布石は整えている。

 

丹念に入念に零れなく綿密に緻密に微細に大胆に柔軟にどのようになっても己たちの意のままに争いを推移させる為に、細に入り策をめぐらす。

 

力で叩き潰すので収まらない、力で消しつぶすのでは気がすまない、追い詰め、押し当て、まるで焼き鏝を肌に宛がう様に苦痛と苦悶に満ちた策をめぐらす。

 

だが、それとは別に彼女は揺れ動く、一年という時間は彼女に冷たい激情を与え、怒りに身を任さず憎しみに振り回されない、昂ぶる身体とは別に彼女は思考に支配される。

 

 

 

 

 

それは争いではなく、彼。

 

争いよりも何よりも準じる彼、時間は経ち彼は嘗てを僅かでも取り戻そうとしているのは会おうとしないでも伝聞に、そして遠めに眺める限りにおいて判っている、ずっと見ているのだから、耳を澄ましているのだから判っている。

 

僅かでも微笑み、義理の妹と以前は可愛がっていたものへも言葉を交わせる、仲間達に対して怯えを見せることなどないといってもいい程に回復している、この地へきた時からは及びも付かないほどに生きるという方面の感情も示している。

 

自殺行為も既になりを潜めて久しい、小さな物音に怯えることもない、暗闇を避けることも突然震えだすこともないらしい、既にあの家の中でならば、その条件があるにせよ、その嘗ての彼に比べればやはり変わってしまったのだろうけど、生きてはいける。

 

傷を負い、壊れて、踏み潰されても、傷を癒し、壊れたものを直し、立ち上がろうとしている、彼女たちを愛してもいるだろう、それが直りようのない欠けた部分をも直してくれる、事実彼は愛され愛しかけた部分を何か物のもので補い始めている。

 

それはもう元の彼ではないのだろうけども、これからの彼になるにはいいのだろう。

 

彼女達がこの地で永劫を生きようと思えば彼はこの場で生きることを望んでくれるかもしれない、これからの彼はそうやって生きていけばいい。

 

仲間達もそれに否は唱えないだろう、その暮らしと報復は又別の話だとはしても。

 

いや、彼女達は報復の後はそうするつもりなのかもしれない、彼が関わらない報復、彼が何も知らないまま終わらせてしまう計画、それが終わればここで安寧を得るのは悪くはない。

 

彼と彼女達にとっては悪くない、でも私はどうだろう。

 

私は終わったらどうするのだろう、此処に居る?

 

居る必要があるか、陰に見守るだけの私、あの女との繋がりを持つ私、ロクデナシの私、無力な私、何もが何も全てが全て間違いだらけを繰り返した私が、居ていいのだろうか。

 

もう私が彼を心配する必要はない、もう私は今の彼なら安心できる、そもそもが最初から私は必要なかった、そもそもが私には何も出来はしなかった今でも彼には私は必要ない、一年前のあの時、あの時から私は彼に受け入れられることを願ってはいけない、あの時から怯えられた時から私は彼に向き合えない。

 

そんな私がこれ以上彼とともに居ることを望んでいいはずがない。

 

私から彼に向き合うことも出来ない臆病者がこの先もこの距離を臆病な私の距離をとり続けていいはずがない、臆病すぎる私が、卑怯すぎる私が、私がこれ以上彼に関わっていいはずがない。

 

始まりからして私が悪いのだ、彼に迫っていた危険性に気がつかなければならなかったのは私、彼が世界か彼女かを選択することを変わらなければならなかったのも私、目の前で彼女達に彼を拉致されることを赦したのも私、彼に守られていたのも私、そして彼を戦いの世界に招きこんだのも私だ、それも理不尽に、唐突に。

 

彼は本当に望んでいたのだろうか、私と同じ道に歩くことを、私と一緒に同じ仕事をすることを望んでいたのだろうか。

 

一度でも確かめたか、言葉にして問うたか。

 

確かめてもいない、彼が私についてくるものだと思い込んでいた、思い込もうとしていた、そして確かめもせずに私の戦いに彼を巻き込んだ、彼は只の高校生だ、只の高校生にプロの私が依存し、頼り、甘えた、碌な見返りも与えずに。

 

そんなものがなくても彼が離れることは無いと妄信していたから、冷遇していても彼が私を見限ることは無いと思っていたから、そして彼に頼っていれば何とかなるという甘えが私の中にあったから、そしてそれが当たり前だと思っていた。

 

只の高校生に!!!

 

負うべきものを私は何も負わず、負わないでもいいものを彼は全部背負っていた、私が気がついたのは全てが壊れた後、そんな時に気がついても何の価値もない何の助けにもならない、結局は壊したのは。

 

私ではないのか。

 

私がこの世界に連れ込み、私がその世界の闇を教えず、守りもせず、自衛の策も授けなかった、何もしなかった。

 

そして何もしなかったから彼がああなった、私がしたことは成り行きに任せて彼を引きずり込んだことだけ、それ以外は何もしていない。

 

そして何もしていないことが私の最大の罪、私が何かをしていれば何かが変わっていただろうし、私が良い師匠であったならば唐巣神父のように私の知識を教えていれば何かが変わったのではないだろうか。

 

そして教えることは当たり前、教えることが私の立場の義務だ、その義務さえ怠って私は何もしていない、何もしていない。

 

何もしていないことが私の最大の罪、私が一番赦せない最大の罪、彼のことが好きだったのに、彼のことが大事だったのに、誰よりも誰よりも大事だったのに、それなのに甘え頼り何もしてこなかった自分。

 

あの女の次に憎いのは私だ、私が居なければ彼は只の高校生だった、私がちゃんとしていれば彼は世界の選択など迫られなかった、私が守っていれば彼は無事だった。

 

それならば私がここにいて、いつか、もしかしたら彼と向き合えて語り合って抱き合って愛し合えるのかもしれないけれど、そんなことが赦される、赦されるはずがない。

 

私が赦せない!!

 

それだけは、其処までは甘えられない、私はもう彼に向き合って、幸せになる権利なんてどこにもありはしない、もう幸せなんていらない、彼がゆっくりと生きていってくれればそれでいい。

 

だから、この後は・・・・・・・・・・・・私は・・・・・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 

彼女の昂ぶりと苦悶は続く、彼女の最後の選択は何だろう、彼女は何を選ぼうとしているのだろう。

 

最悪の選択を選ぶのか。

 

だが、彼女の罪は確かにある、だが罪は己が決めるものではない、悪いと思うならば、罪業だと認めるならば、決めるには独りで決めるべきではない。

 

彼女は一人ではないのだから、仲間がいて、壊れたまま、直り始めたとしても未だ彼は壊れたままだが彼はいる、でも彼は顔を出さない彼女の存在をしっているのだろうかね。

 

だが、これだけの仲間がいるのだから、故に彼女が一人の最悪の決断こそが最大の罪となるのではないのだろうか、最悪の諸行となるのではないのだろうか、最早繋がりは嘗てないほど強まっているだろう。

 

その中では独自のみの最悪は、裏切りに等しい、そして誰も彼もが彼女の考えなど見通しているのかもしれない、一年にわたり近くにいた存在に彼女の考えがかけらも伝わっていないほうが奇跡に近いのだろうし。

 

 

 

 

 

さぁ、これより争いの始まり、人と魔という大層のもののぶつかりあいではない。

 

大層なものではない、一人の男が傷つけられた報復と、報復を恐れる愚者の争いに過ぎない、だが争いの始まりなどそんなものだ。

 

 

 

 

 

玉藻の語りは終わる、己とその仲間の一年の物語を、怨嗟をこめた物語を。

 

最も言葉を交わしたくない女と、最も聞かせたくてたまらない女、その二つを併せ持つ女に聞かせる為に。

 

だがどう感じているのだろうか、愉快か、それとも快感を感じるかそれともその美しい顔の下は己の吐く言葉にすら唾棄しているか、それはまぁ、どうでもいい。

 

此処での主役は喜劇のコメディアンは愚かな女だ。

 

己の娘と己の正義を至上とする愚かな女、人を利用することをいとわない、子供を利用することをいとわない、そして自分の正義の為ならば誰を悲しませてもいいと思っている愚かな女。

 

そんな女に対して狐の妖は言葉を紡ぐ、どんな言葉を返すかを期待して。

 

「さてどうだったかしら。自分が壊した男の成れの果ての生活と、貴女の娘の憎悪と怒り、いや壊れてしまったのは貴女の娘も私もでしょうけど、その顛末を聞いて」

 

その言葉に対して女は顔を上げる、その目は何を描いている。

 

まぁ、謝罪の色ではないのだけは確かに違いない。

 

「何をするつもりなのかしら」

 

「あら、最初質問に答えていないわね。まぁ、聞いてもしょうがないのだからどうでもいいのだけど。懺悔を語ろうと言い訳を語ろうと篭言を吐こうと結果は決まっているのだし。でも、そんなことを聞いて価値があるのかしら。貴女は私の言うことを信用するのかしら。

信用しないのならば聞くだけ無駄でしょう」

 

確かに、敵として向かい合っている相手の言葉を信じるほうが愚かだ。

 

「でもいいわ、答えてあげる。私の目的はこの先にあるもの。私達の目的は彼にしたことを悔いてもらうこと、私達のやり方でね。貴女には何をするかは秘密だけど。此処では殺さないで置いてあげることは保障してあげる。あなたを殺したいのは山々だけど。これほど早く退場されても場が白けるし・・・・・・・・・・・・でも、もう一人の娘はどうなっているかしらね」

 

玉藻が一拍をおいてつむいだ言葉、女のもう一人の娘。

 

 

 

 

 

そもそもが彼女達のなそうとしていることが何なのか、何をしようとしているのか。

 

それはまだ明全ではない。

 

 

 

 

 

だが、此処からの登場人物、此処からの物語の動き人、続々に参戦だ。

 

「タイガー。令子のとこのろ坊やはもう大丈夫らしいワケ、私は令子が気に入らないけどあの女はもっと気に入らないワケ。あんたの仇取れるかどうか約束できないけれど。あんたを死なせただめな上司だったけれど見てるワケ・・・・・・・・・・・・・・・・ふぅ。

じゃ、ピートといって来るから、もうここにくることもないけど・・・・・・・・・」

 

最後に言葉を詰まらせて嗚咽のような声を漏らす褐色の肌の女性、上下に戦装束のような武装をまとい、険しさを表情に表して情勢。

 

彼女は僧服姿の金髪の青年のほうにうつむいて歩き出し、背後に盛られた土の山からきびすを返す。

 

花が添えられたまるで墓のような盛り土から離れていく。

 

 

 

「ふぅ、一年か。あいつは無事、狼のお嬢ちゃんは死んじまったが。あいつが無事なら報われるか・・・・・・・・・・・・。まぁ、けじめだ。シロは俺を庇って死んじまった、あいつに顔を合わせる前には仇の一つもとっておかねぇとな」

 

漆黒のスーツ姿の矮躯の男が呟く。

 

 

 

 

「クロ。お店を閉めますよ」

 

魔女姿の女性が店の前に閉店を示す張り紙を張り、この閉店が長期的に続くことを示したものを張り、使い魔の猫に声を掛ける。

 

「わかったにゃ。西条と神父の人に伝えてくるにゃ」

 

そういい、黒猫は乗っていたテーブルから飛び降り床を蹴る。それを見つめる魔女の顔は凄絶なほどに激しく美しい。

 

 

 

「師匠。管理人の任返上させていただきます」

 

そう一言だけ書かれた紙を残して神の山から一人の竜神が姿を消した、百の目を持つ神を連れ立って。

 

本当に時節は整った。

 

 

 

 


後書き

 

この時点で死亡者が二名確定ですが、実はもう何人かは死んでいます。

 

逃亡者は文面を見れば判るかもしれませんが、自ら姿を消したものから、手配されているものまで様々です。

 

因みに横島は手配されていて、令子は手配されていなかったり。

 

次からがダーク本番ですかね。

 


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