古の亡霊

 

 

 

 

 

唐突、いきなり、突然だが“伽藍の堂”、ここでの何やら剣呑な調子で言葉が交わされている、親しい間の人間同士の会話である筈だが、其処に友愛は無く容赦も無い、あるのは弾劾の冷たさ、追及の苛烈さ。

 

深夜にこの問答が行われている為遠くからはかなり怪しいのではないだろうか、行われていることの内容はともかくとして、傍目には美女一人を年少の者たちでいびっているように見えなくも無い。

 

冷たい立場に立たされているのは“伽藍の堂”オーナー蒼崎、飄々とした普段の態度のまま夜遅くに集まった未成年諸君を眺め、微妙に冷や汗を流しているっぽい。

 

弾劾の立場に立っているのは両儀式、杜崎沙弓、神城凛、苛烈な瞳で年齢不詳の経営能力皆無者を睨みつけている。

 

その他二名、式森和樹、黒桐幹也。

 

都合合わせて六名が、現在葵学園の近くに位置する廃墟、“伽藍の堂”の前にて夜半遅くに集い、決して友好という言葉が通用しない雰囲気の中佇んでいる、因みにこの六人が勢ぞろいして夜の廃墟を前にしているのは伊達や酔狂からではない、大体用もなく学生である連中が日付も変わりそうな時間帯に此処に訪れる理由がない。

 

彼等はそれほどこの場所を愛しているわけでもないのだから、つーかはっきりいうと不気味どころか怪談スポットに仕立て上げられそうな場所を好き好んで夜半には着たくない。

 

その手のことが平気だとは言っても来る来ないで考えれば回答は一つしかないのだから。

 

「さて仕事と生きましょうか。黒桐君、両儀さん、学生一同。労働者として雇用主のために働きましょう」

 

そう、お仕事、只この中で最年長であり“伽藍の堂”の経営者蒼崎橙子に現在仕切る権限はないように思える状況、言葉にするだけ勇気をたたえられそうな所業

 

因みに口調が乱暴でないので現在は眼鏡装備状態だ、口調が変わるからといって性格が是正されるわけでもないが。

 

丁寧口調で暴言を連発するのだから性質の悪さは増大中としてもいい。

 

「トウコ、その態度は命を掛けて口にしていると判断していいか。それとも一度死ぬか。お前は死んでも生き返るのだろう、その場面を俺は見ていないんだ。一度試しても良いか、何お前を殺したところで幹也も何も言わないだろうし。そもそもお前が本当に死んでも称えられこそすれ非難されないような気がするしな」

 

蒼崎橙子の緩やかだが世界を舐めきった命令口調は、冷たい両儀式の言葉に封殺される、しかし言葉の内容が怖すぎる、貴女は不死者すら殺しきる存在なのだから、言葉が洒落になっていない、加えて言葉の調子も普段の冷たさではなく怒りを湛えた冷たさ、洒落ではなく言葉通りのことが実行されかねない。

 

そんな式に続いて。

 

「そうね、蒼崎。口は慎むべきだわ、特に今は。雄弁は銀、沈黙は金、そして妄言は債務不履行よ。これからの一言一句貴女の命を掛けての発言と思うことね。負債者さん」

 

沙弓も同様の感情を声に込めて忠告、否通告しているのだろう、比喩表現らしい言葉が判り辛いものであるが、追記すると彼女も全てを“殺す”存在。

 

二人の直死の魔眼持ちに睨まれる蒼崎橙子、死線や死点を探られているかもしれないと考えると普通人なら生きた心地がしないであろう、至近距離から対戦車ライフルで狙われているようなもの、それに幾ら不死とは言え痛いものは痛い。

 

大体一撃で死の線や点を突いてくれるかどうかは判らない、あえて外して痛めつけられる可能性もある、なまじ不死だと判っているから徹底的に甚振られかねない。

 

しかも戦闘能力では目の前の二人に及ばないことが判りきっている、魔術を使用しようにも発動する前に十七分割されていても何の不思議も無い、それが分かっているのか現在は冷や汗をうっすら流して引き攣った、普段のふてぶてしい態度からは考えられないが媚びる様な笑顔を少し浮かべていたりする。

 

死ぬことが怖いのではなく、只単に迫力に負けているだけだろうが、彼女が迫力で負けるというのも相当なもの、言葉一つに言い返されれば屁理屈で煙に巻くくらいは普段はやってのけるが今はそれすら口にしようとしない。

 

自分の失言への弾劾を甘んじて受けるのみ、今の彼女に反論の権利はないのだから。

 

つーか、反論→相手の気分を害する=ナイフで刺される、の関係図が成り立っているような気がする、そして彼女はそれを理解している、もう後がないと。

 

今なら死ねると心の奥で警鐘がなっていることだろう。

 

 

 

 

 

それは数時間前に遡る。

 

 

 

 

 

「幹也をこの労働基準法無視の不適切職場から辞めさせる。良いな、トウコ」

 

黒桐幹也と両儀式が連れ立って“伽藍の堂”にやって来て、いきなりの台詞で始まる両儀式のその簡潔な一言、開口一番の言葉、簡潔すぎて何がなんだかわからんが、黒桐幹也を“伽藍の堂”というある意味特定個人の趣味の産物から離れさせようと言うことらしい。

 

選択としては大いに正しいと首肯しよう、まともな大人になりたいならばこの職場は将来性とか、将来設計とか言う前向きな言葉とかはかなりかけ離れている。

 

対極にあると主張してもいい。

 

人間性の崩壊もその中に付け加えたほうがいいのかもしれないが。

 

「良いも何も何が言いたい、式。唐突に言われても理解しかねる。私は言葉というツール以外での高度な意思疎通は身につけていない。いや念話くらいなら出来るが。読心術は出来ないぞ」

 

確かに判らない、式の唐突な言葉だけで全てを察せと言うのは無理だろう、だが彼女は式の言葉だけである程度は察せる立場にいるはず、それが判らないということは自覚症状がないということ、ついでに無自覚は時としてかなり罪だ。

 

この時点で両儀式の額に青筋が一本たっていた、その無理解に対して。

 

式は何も語らず黒桐幹也を指で指し、その様子を見ればなんとなくわかる、なんとなくだが、多分ご理解頂ける、つーか明らかにおかしい。

 

まず黒桐幹也の顔色は悪かった、加えて幾分痩せているしかなり健康に悪そうな痩せ方、栄養失調気味独特の表情の虚ろさもある、其の虚ろな表情の中にも恨みがましそうな目で蒼崎橙子を睨み据えていた、それも何か敵を睨みすえるような眼光で。

 

普段温厚な彼が敵意を、それも親しい雇用主に向けるのは珍しいことだ、彼はお人よしと分類されるぐらい人がいいのだから、それも馬鹿がつくぐらい。

 

馬鹿だから現状の不健康状態に陥っているのだから相当なお人好しで馬鹿、加えて雇用主には余り逆らえないのだ、性格的にか相性的にか。

 

「給料4ヶ月の滞納は十分に辞職の理由になる、トウコ。今日本日を持って辞めさせてもらう、というか辞めさせる。反論は許さない。まずお前に反論の権利がない」

 

そう、幹也はここ4ヶ月金銭的給与を雇用主から受け取っていない、幾度となく催促したが払おうとしない雇用主と、それを払うことが出来ない財政状態、幹也もその財政状態は知っているがその状態に追い込んでいるのは当の雇用主。

 

弾劾される理由は十分にある。

 

使った費用が事務所の運営とならば溜飲も下がるところだが基本的に仕事のほうは表も裏も黒字を算出している、消えた利益は知的好奇心を満足させるガラクタの増加に反比例し減少、つまりは仕事の報酬が従業員に渡る前に雇用主が即座に使い込むと言う状態が、ここ4ヶ月続いているのだ、因みにその四ヶ月間だが金に対する攻防があるにはあったが負け通している幹也君。

 

更に雇用主の顔色は普通で痩せてもいないし貧しさも感じないと言うことは自分の生活に必要な金銭は確保していると言うことだ、最低の雇用主といって良いだろう、どこぞのGSの女を彷彿させる。

 

まぁ、彼女は趣味型人間であるから彼女が確保していた金銭も最低限の食費などだろうが、其の食費額がどれだけなのかは知れないが。

 

で、物語の流れとしては、いい加減に支払いを滞らせると言うかまったく支払いの意思を見せない蒼崎橙子に対して黒桐幹也の恋人たる両儀式が実力行使に出たと言うことだ、もしくは幹也の代理債務取立人としての権利執行。

 

なんとなくこの雇用主に労働基準法やその手の法律を持ち出すよりも最も効率的な人物が怒りの声を上げたといったといってもいい、これまでも両儀式が支払いを求めないわけでもなかったが、雇用を盾に取ったのはこれが暫くぶりである。

 

つまりは以前にもやったのだが、その時は頬にナイフを当てて体を弄って財布を抜き取り中身とカードで給料を取り立てた、因みにカードは限度額一杯まで引き出され返済にかなり真面目に橙子が仕事をしなければ為らない時期が出来てしまったのだが。

 

なお、この時のカードの引き出し額の中には自分に支払われるはずの現物支給が滞っていたので相当額引き出されていたりする、案外金にシビアなお嬢様である。

 

やっていることは強盗とやっていることは変わりが無いが訴えられない以上は無罪、そもそも訴えると原告が労働基準法無視で訴えられかねない。

 

文句も言えず、強盗に甘んじたのに懲りない女だった。

 

因みに、今回は幹也のほうも本気である、最近の彼の食生活は、両儀式が何故か毎晩作ってくれる彼女手製の夕餉とその残りを朝食代わりに食べると言うヒモに近い状態に陥っているのだから、男のとしてのプライドもズタズタである、因みに昼食は、事務所にあるものを勝手に食べている、それぐらいの権利はあるだろう。

 

追記すると四ヶ月は新記録だったりする、余り新記録に認定したくないようなことでもある。

 

「橙子さん、いい加減に払わないと僕も本気です。辞めるのを認めないならば滞納分の額になるまで橙子さんのコレクションを骨董店で売り捌きますからね。因みに交渉は面倒なので捨て値で売りさばくことになりますので覚悟しておいてください」

 

幹也の声も本気だった、彼女が使い込む、一般人にはよく分からないガラクタ、彼女にとっては魔術的な価値はかなりのものらしい一品、でもわからない人間にはガラクタの山、と言うかそれに金を使われるのはたまったものではない。

 

それで男としてのプライドを切り売りして式の世話になっているのだから、恨みもひとしおである、今回はやるといったらやるだろう。

 

雇用者は被雇用者に対して労働の対価としての報酬を約束、契約することにより労務につかせることが出来、この契約が遵守されない場合雇用者は法的な手段をとることが出来る。

 

まぁ、法律云々を引き合いに出さないでも強制執行をして文句を言われるいわれは無い。

 

義務を怠るものに権利はないのだから、だがこの言葉には橙子も反応する、彼女としては当然の権利主張、しかし認められない主張。

 

「黒桐、そんな横暴は赦さん。あれを私が集めるのにどれだけの苦労をしたと・・・・・・・なんだ式。物騒だな・・・・・・・・・・・そんなものを出すとは」

 

が、式がそれを滅殺する、魔眼と握りこんだ手に握られたナイフを持って、両儀式の視線は高位の魔術師たる橙子にはかなりのプレッシャーだろう。

 

しかも全くの無表情でそれを突きつけられるのはかなり怖い。

 

「知ったことか、嫌なら給料を払ってやれ。払ってから権利の主張をしろ。因みに被雇用者の権利としてこのまま辞めさせても未払いの給料分は売り捌くがな、後退職金もだ」

 

橙子が自分のコレクションを惜しんでの発言は、正当な権利と両儀式の直死の魔眼を孕んだ視線を持って押しとどめられた、正論を言っているので元々からして反論も言い訳も誤魔化しも許されてはいないのだけど。

 

加えて、今、両儀式と言う人物をそれなりに知る自物が彼女を見たらこう評するだろう、あれは殺す目をした“両儀式”だと。

 

つまりは本気だと言うことだ、そんな彼女を前にしておふざけは命に関わる。

 

蒼崎橙子に両儀式と黒桐幹也により与えられた選択肢。

 

1.幹也の給料を支払う。

 

2.幹也の辞職を受け入れ、未払いの給料と退職金分のコレクションを失う。

 

3.誤魔化す。

 

この三択だが、現在の財政事情から見ると一番を選択してもコレクションを売り捌かなければならない、二番でも同様であるし、そもそも三番目は既に却下されているような選択肢、と言うか怒りを買いかねない。

 

二番の場合、折角の使い勝手のいい男を失ってしまう。

 

黒桐幹也はそれなりに優秀だし、何より従順なので(彼本人からしてみればいいたいことはかなりあるだろうが)、手放すのは惜しい、誰が従順な従僕を自ら手放すことを望むものだろうか(しかも閑話でも書いたがひそかに橙子は黒桐幹也を狙っている)

 

それにこの事務所がまだまともに機能しているのは一重に彼の努力によるところが大きい、実務的なことの殆どをこなしているのは彼なのだから。

 

以前は彼女一人でやっていたのだが一度甘い汁を吸うと人間ダメになるものだ、幹也という呈のいい僕を放り出すのは惜しすぎる。

 

「で、橙子さん退職認めてもらえますか」

 

幹也が追い込みをかける、どうやら完全に本気だ、洒落抜きで幹也は雇用主に反旗を翻している、黒桐幹也と両儀式この二人を敵に回すのも御免こうむりたい気もするが、蒼崎橙子それから暫くの折衝の後、何とか金は用意すると言うことで二人を渋々納得させた。

 

つまりは一番の選択肢をとりなおかつコレクションを失わないという努力を彼女がすることになったのだ。

 

因みに期限は二日、百万に近い金を其の短期間で用意しろと告げられるのもかなりきついかもしれないが、自業自得なので彼女に対しての哀れみは必要ない。

 

 

 

 

 

因みに橙子の内心、正しくは自分の立場を弁えない憤り、世界に喧嘩を売った思考。

 

黒桐、私になんて事を迫るんだ、前に私の体を散々貪ったくせに(していません貴方が痺れ薬を飲ませて襲い掛かったんです)あれでは不満だと言うのか(逆レイプだから不満でしょうに。大体式にバレタラ命がありませんよ)それなりに技巧には自信があるというのに(ついでに幹也は其の時の意識が曖昧です、多分悪い夢だと思い込んでいる、思い込みたいだけなのかもしれないが)、美女との閨と給料を天秤に掛けられて負けるのは私としては少々鬱屈したものが無いわけでもないぞ、それとも不満があったのだろうか。

 

それなら、ふふふふふふ。

 

それに式、覚えていろ、永遠に黒桐がお前から離れないと思ったら大間違いだ、男など私の手管に掛かれば(なにやら不穏なことを考えております)お前のような小娘には出来ないようなことで、体で私を求めるように仕向けることなど造作も無い(完全に悪役のノリです)、今日の屈辱いずれ晴らしてやるよ。

 

どうやら反省はしていないようだ、それよりも以前から考えていたのか、黒桐幹也、蒼崎橙子の完全従僕化でも実行しそうな感じ。

 

なお、多分だが、黒桐幹也を式から奪い取ったら、月姫の直死の魔眼持ちではないが17分割もかくやという微塵切りだろう、もしくは死点を突かれまくって完全消滅か。

 

何処かの誰とはいわないが“極彩に散れ”

 

 

 

 

 

同日直死の魔眼持ちもう一人にも迫られていた、いうなれば杜崎沙弓。

 

日に二度も取り立てられるのは彼女の人徳、悪徳ゆえか、それとも運がないのか。

 

疑うまでも泣く前者なのだろうけど、災いは一度にやってくるというか、取立て屋は一度に債権回収に乗り出すとか、色々言えそうだ。

 

眼前にナイフを突きつけ、葵学園の制服を身に付けた長身の美女、その目に笑みは無く、狂気に染まった哂いも無い、憐憫の情もなくただ淡々と橙子の目前に幾枚かの紙をおいて迫り、金銭を追徴する、事務的を通り越して冷徹に、それ故に漂う迫力は鬼神の如し。

 

内容が金銭の未払いに対するものだというのが外見年齢に全くといっていい程そぐわないのは別として。

 

「溜まりに溜まった私達の報酬支払ってもらいましょうか、蒼崎橙子。総額200万に到達しそうなのよね、これ以上溜め込ませると貴方夜逃げしかねないから。貴女に逃げられたら少々面倒くさいし、勿論逃げたら逃げたなりの対応をするのだけど、利子も含めて。今日当たりに耳をそろえて払ってもらいましょうか。・・・・・支払えないという戯言に耳を貸すつもりは無いから言葉を選びなさい。サディストでもないから貴女をいたぶって喜ぶ趣味は私には無いのだから。甚振るならそれがお金になるところに貴女を連れて行けばいいことだし、貴女ならいいお金で買ってくれる人も多いことでしょうからね」

 

趣味は無いが必要であるとすればやるということだろう、アイアンメイデンの刑は殆ど趣味でやっているような気がしないでもないが、彼女はそれを体験したことがあるのだろうか。

 

お金になるところとか言っているがそれはいったいどういう稼ぎ方だろうか、おそらく高収入は保証されていそうな感じではあるが、その中でも短期で二百万という額面だとそれこそプライドの切り売りなど問題にならないほどに過酷なものとなりそうである。

 

因みに神城凛は橙子から少し離れた入り口との中間点にいる“縮地”を使う凛で逃亡を阻止する算段らしい、もし何らかの手段で沙弓が拘束、無力化された場合の。

 

そこまで警戒されて滞納金を迫られる女蒼崎橙子、金に関しての信用度は先程の二人以上にもたれていないのかもしれない、因みに和樹は事務所のソファで我関せずとボンヤリと自分で入れたコーヒーを楽しんでいた、彼だけが微妙に平和な雰囲気を発散している。

 

いやそれだけなんだが。

 

因みに橙子は夜逃げと言うか長期の失踪を考えないでもなかったとだけ書いておこう、彼女逃げるだけならそれなりにうまいだろう、魔術師協会からも行方不明として扱われ、実際に自分の所在はつかませていない。

 

逃亡、隠遁となると彼女の腕前はプロの工作員に匹敵するだろうが、逃げるにしても障害が無いわけでもない、いや障害というよりは天敵、黒桐幹也の調査能力、捜索能力、それはそれでの逃亡者と追跡者の愉快な物語になりそうだ、彼に探すという行為に走らせると、殆どを調べ上げる、どんな手段を使ってもという枠をなくせば彼女を追い詰めるところまではいけそうな気がする。

 

かなり長い話になりそうだと言う予感はあるが、というか二人の逃走追走劇で五十枚は書けそうだ。

 

今は眼前にあるナイフと机のうえにある紙、未払いの報酬に対する念書なのだが、高校生でその辺をきちっとしているあたりB組に毒されているのかもしれない、あのクラスでは金こそが万物の正義として扱われているのだから、支配しながらも色に染まることは避けられなかったか。

 

只、そのクラスの影響か、さっきの両儀式以上にストレートかつ暴力的に金銭要求を掛けてくる沙弓、これがお嬢様生活の慣れた式と自活を強いられている学生の生活力の差だろうか、多分違う気がする。

 

それに対して橙子の反論は。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

沈黙だった、無い袖は振れないとでも言えば間違いなくこのナイフは彼女の“死線”に潜り込むことが判り切っている雰囲気だったので不用意な発言はできない、死んでも死なないのだが、痛いのは確かだし、死ぬとそれなりに費用が掛かる、と言うかその費用が捻出するのにまた同じような、いやそれ以上の苦労が待っていそうな気がする。

 

基本的には頭のいい女性なのだから、普段から問題が無いように頭を使えばいいのだが追い詰められないと使わないのだろう、傍若無人だから。

 

因みに多分“一度”殺されても、その後で身売りさせられるのは間違いないだろう。

 

「もう少し待て」

 

シュッ。

 

わずかな空気を切り裂く音と共に見えないぐらいの高速で放たれたナイフの軌跡は橙子の前髪の先をほんの一mmだけ切り裂いた。

 

「私は今払えって言っているの、蒼崎、理解している。それにいい加減私たちの貯蓄もないのよ、貴方のせいで、待つことはもう十分以上にこちらは待っているの、払うものは払いなさい、こちらが強硬手段に出ないうちに。私としても同じ女として貴女を身売りにさせたくはないのだし」

 

感情の抑揚の無い声、金の為に冷徹になる人間、それは当たり前のことだ、社会に生きる以上、金銭は偉大であり、万物に通じる価値基準となりうる、B組ではないが、金銭問題はクールにやり取りすべきものだろう、あの連中は熱くなり過ぎて自滅しているのだし。

 

よって今の彼女達に不用意な失言は命を縮めかねない、結果、今の武力行使に繋がったのであるのだし、しかも式達のように支払いをしない時の手段を明確にしないので其の点での恐怖も倍増されている。

 

わからない部分を残すという手法は脅迫にはかなり有効なのである、自分に何がされるかわからないという状態は何が起こるか判っているほうよりも相手にプレッシャーを強いる。

 

一つだけ例示された扱いもいや過ぎる、結果として橙子は微妙に嫌な汗を一筋流しつつ、支払いを約束した。

 

無能経営者の完全敗北である。

 

 

 

 

 

金銭が重要であると言うスタンスは式という最後の供給源を持つ幹也以上にシビアな三人である、よって彼女たちのほうが取立ては厳しかった。

 

なお、この二組の取立ては別々に行われていたりするが時間的にそれほど離れていない、偶々かち合わなかっただけだ。

 

支払いを迫られた後橙子は、どこぞと連絡を取ったりしていたようであるが、その辺は冒頭に繋がる。

 

 

 

 

 

で、冒頭の時間軸に戻ろう、場所も移動して仕事先に到着している。

 

「もう一度言うが、仕事だ。こちらが今回のクライアント、風椿玖里子。杜崎達は同じ学校だから知っているだろう。なかなかの金額を提示してくれたのでな。無礼の無いように」

 

因みに、これは無い袖は振るえないなら、金を稼ごうと言うことで急遽得た仕事であった、まぁ、金が無いから働くのは当たり前のことだろうが、彼女にしては建設的かつ現実的な金の稼ぎ方である、普段から勤労に従事し浪費を失くせば人間としての尊厳すら脅かされる脅迫を受けることもなくなるのだろうが。

 

そもそもとして支払わねばならない人間に手伝わせるのもどうかと思うがその辺は割愛すると言うか考えないでいよう。

 

因みに風椿から仕事を取ったのは支払いがいいのと、付き合いのあった業者であったので仕事がとりやすかったのが理由だ(仕事は建築のほうで設計図を描いたと言う表のビジネスとしての付き合い、魔術師蒼崎としての付き合いではなかったのだが)、今回は魔術師蒼崎としての仕事を請けている。

 

早急に金を稼ぐにはそっち方面の仕事しかなかった、勿論自分の私物を売り払って金に換えるような殊勝な選択は彼女には存在しなかった、そもそもそれが嫌で重い腰を上げたのだから売ったら本末転倒だ。

 

依頼主である風椿不動産はこの廃屋に着工したいが奇妙な事件が立て続けに起こり工事に入れないのでその原因の調査と解決を依頼されたのだ、無理矢理依頼を引っ張ったともいえるが。

 

だって普通建築士として通っている人にその手の仕事任すか。

 

なお、仕事を任せたのは玖理子のほうではなく会社の弱味を握られている社長が、橙子に顔も合わせたくないと彼女に押し付けたのだが、案外に家の為に仕事に翻弄される女子高生、少し憐れ。

 

因みに何を掴まれているのだろうかは激しくなぞだが直接的に金を寄越せと言わないだけマシだろう、まぁ、後ろ暗いことを捕まれるほうにも問題はあるのだが。

 

 

 

 

 

で、一応依頼内容の説明やら廃屋の鍵などを持ってきたのが風椿玖里子というわけだ、彼女の沙弓たちがいるとは考えてもいなかったので驚いた、驚いているというよりは会ったことに気まずそうにしていたが、怯えていると言い換えてもいい。

 

どうも前回顔をあわせた時のことと、その後校内で以前から有名であった“アイアンメイデンの刑”が自分に降りかかることを恐れているのか沙弓たちを怖がっているような様子だった、確かに、怖いし、怖いと思うだろう。

 

いきなりネックハンギングツリーをされ、一緒にいた女の子(夕菜)はのされ、その後、3Pを見せ付けられ、その翌日には人間の精神を崩壊させるような刑罰を科す人間を怖がるなと言うほうが無理かもしれない。

 

付け加えると恐怖に加えて申し訳なさも無きにしも非ず。

 

因みに、凛と沙弓は玖里子を見ただけで、それほど気にしている風ではなかったが、気にしていないのか眼中に無いのかは別の話だろうが、恐らくは彼女達は彼女を既に意識の外に置いている、煩わしい何かに気をかまけるほど彼女たちは多感ではない。

 

 

 

 

 

橙子は依頼人の様子を無視し、と言うか頓着せず話を続け、そして廃屋に入ることと相成る、事故の原因の調査と解決が依頼内容なのだから入らなければお話にならないのだが。

 

何の頓着もなしに入るのは自分が従えている面子の能力を信じるがゆえか、それとも自信の能力に絶対をおいているからか。

 

まぁ、両方だろう。

 

なお玖里子は鍵を渡して説明すると帰ってしまった、居心地が悪いのだろう。

 

 

 

 

 

橙子が鍵を使い廃屋の門を開け屋内に入り、後のものがそれに続く、順番としては戦闘力の全く無い黒桐を中心に入って行く。

 

「何かいるな、ここは」

 

「ええ、そうね蒼崎、気配がするわ。それもそれなりに上等の部類がいるようよ」

 

「ですね、姉様。ですが明確な敵意と言うか悪意は感じません悪霊と言うわけではないでしょう。霊格からいっても、それなりの力を持っているが邪気を感じない」

 

入るなりの橙子、沙弓、凛の会話である、彼女たちの感覚器にはこの館内に人ならざるものの存在をたちどころに感知する。

 

和樹も感知しているはずだがこちらは相変わらずの無表情、無感動なので判らない、戦闘体制に移行しないあたり安全だと踏んでいる、別段警戒している様子もない。

 

幹也はその手の感覚は育っていいないし、式は感覚的に分かるが、彼女たちほど明確ではないようだ、何かいる、と漠然とわかる程度。

 

それは劣っていると言うよりは、そういう風に訓練を科していないという差の問題だろうが、何も両儀式は戦いを生業にしているわけではないのだから。

 

両儀式は戦いを嗜好するもの、技能は持つが、彼女らほど万能に特化していない、彼女が特化するのは“殺す”ことのみ、須らく全てを殺すことに特化した戦闘能力。

 

殺人技能にのみ特化した戦闘技術者、それが両儀式。

 

和樹たちのような闘争家業のような、長期的な戦いまで視野に入れたような戦いは前提においてはいない、和樹達が闘争を続けるということを前提におくならば、両儀式の戦いはその時に己の全力を発揮する、後を考えない戦い方。

 

両者の差は強さ云々ではなく素人か職業的闘争者の差。

 

 

単純に比較すると式は短距離選手であり和樹達は長距離選手、瞬間の闘争力ならばどちらに軍配が上がるかは歴然だろうが、長期戦に成ればどちらが勝つかも明白。

 

そして技能の習得にも差が出る、戦いを一時に置くのが式であり、戦いを常におくのが和樹達、この両者の経験の差が技術となって現れる。

 

 

 

 

 

一応、会話を進めている三人が周囲に注意を散らす、敵意を感じないからといって即安全と言うわけではないし、実際に事故が起こり怪我人は出ている、油断するような甘い人間でもないからその手の心配は無用かもしれない。

 

(なお橙子は魔法回数数十万回の大魔術師であり、単純魔力、技能、構築速度、種類それら全てに於いてこの場所にいる全員より優れている、魔術戦でデビルキシャーに勝てるかもしれない、其の分からだを使う戦闘に秀でているわけでもないし、特筆するほど攻撃魔術に長けているわけでもない、それでも弱いわけではないが)

 

 

 

 

 

唐突に、安置されていた家具が一行を襲う続け様に様々に、ポルターガイスト現象。

 

只、指向性をもって物体が襲い掛かっている、侵入者を排除するように物体が襲い掛かってくる、椅子が飛び、絨毯がうねり、本が舞う、攻撃性を持って押しかかってくる。

 

だが、彼らは気など抜いていない、意表さえつけばそれらの現象でも混乱を招くことは出来たのだろうが“何かいる”、“何か来る”と身構えているのだから、起こる事象に対しての驚きは無い。

 

飛び交うそれらを式と沙弓がナイフを一閃させ、恐らくは家具にある死線に沿うように振るい、家具をバラバラにして迎撃する、凛は回避に周り、和樹は自分に迫るのだけを左手で跳ね飛ばし、手に触れる全てを跳ね飛ばし壁に叩きつけて粉に変えるほどの攻撃を叩き込む。

 

和樹が使っているのは何気ないが“九頭龍”の一手、返し技の“左竜輪頸”、運動エネルギーをそのまま転化し自分のエネルギーを加えて払い除ける。

 

払われた家具は壁に激突した粉々に粉砕されている、何気に高度な技を使っていた、恐ろしく自然に呼吸をするような容易さで、撫でる様な気軽さで眠るような何気なさで、歩くような無自覚で。

 

橙子は黒桐と共に結界を張って防御、といっても何もしていないのではなく、あたりを見回し何も無い空間を見据え。

 

「僅かながらの敵意か、明確な悪意が無い、威力も知れたものだ。それにしては根源にある魔力は凄まじい。これほどであればもう少しやりようもあるだろうが・・・・・・・・・やらない・・・・・・・・か。ならばそう手荒に扱うまでも無かろう」

 

とか橙子が呟いた後、指を鳴らし言葉を紡ぐ、普通では発声できないのではないだろうかという種類の聞き取りづらい言葉。

 

「いい加減に出てきたらどうだ、そこにいるんだろう、幽霊」

 

と指先から、軽く雷撃を放ち誰もいない空間を焼く、簡易詠唱魔術、威力としては知れたものだが指を鳴らすというキーと単語のみで発動させた超高速魔術、やはり能力だけは高い、本当に能力だけは高い。

 

それだけで暴れ狂っていた空間が沈静化し、誰もいなかった空間に影が浮かび上がる、半透明な少女の姿をかたどった幽霊の姿が、幽霊少女の姿は中世のお姫様のようなドレスを来た10歳くらいの金髪の女の子の姿をしていた。

 

 

 

 

 

で、その後の結果はどうも簡単なので簡単に言うと、基本的に幽霊の、つまりはエリザベートの主張が代わりに住むところもないし壊そうとする輩がいるから追っ払っただけ、本編と事情は変わらず日本に流れてきて住むところに困って追い出されるぐらいならと嫌がらせを働いていただけだった。

 

悪意が無いのは、適当に痛めつければ退散しているので大怪我させるような気はまったくなかったらしい、確かに暴れた家具にそれほどの速度は無かったから直撃しても打撲程度だろう。

 

悪霊として猛威を振るっていたのではなく野良幽霊が家を求めての事態、本人曰くは「迫害される幽霊は宿を持つことも赦されんのか」とのこと。

 

 

 

 

 

で、解決策。

 

エルザベートの処遇、エリザベートに悪意が無いので無理矢理祓うのが少し気が引ける、存在時間が長いから成仏させるのも手間だし、本人に成仏される意思が無い。

 

よって住居問題、住み心地のよさそうな廃墟、“伽藍の堂”。

 

依頼内容。

 

原因の解明と解決。

 

結果、橙子が引き取る、つまりは“伽藍の堂”にエリザベート(以後エル)を住まわせると言うことで解決。

 

因みに提案者、黒桐幹也、若干の反対意思蒼崎橙子、但し多数決と言う民主主義の基本に則り橙子の意見棄却、今回本当に立場が低い。

 

その後、解決を依頼主に伝え、報酬として300万円を手にした橙子だったが、貰って数分で残金数万円にまで落ち込んだと言う。

 

 

 

 

 

“伽藍の堂”

 

「のう、橙子、何処が妾の部屋じゃ?この建物何処も居心地が良いのじゃが」

 

仕事が終わり二人きりになった橙子と新たな入居者エル、何気に幽霊に居心地が良いと褒められる廃墟っぷりといったところか、褒められているんだか、貶されているのだか。

 

妙に疲れた様子の橙子、目の前の金銭が泡のように消えていったのが精神的に辛かったのか、それとも同居人の存在に頭を悩ませているのか。

 

「好きに使え、只二階と三階は私の仕事場だから駄目だが、ここか一階の空き部屋を使え」

 

「まぁ、これからよしなに頼むぞ橙子、一応妾の家主であるわけだから手伝いくらいはするので。家事くらいならば言いつけてくれてかまわん。妾としても労働もなしに住み着くのは気が引けるでな」

 

もしかしたら橙子、現時点では気付いていないが黒桐幹也に次いで自分の世話をしてくれる存在を得たのかもしれない、それにしても何気に等価交換を理解している貴族の亡霊である。

 

 

 

 

 


後書き。

 

エル登場、彼女は“伽藍の堂”のメンバーになって頂きます、GSの“巫女服幽霊”みたいなものです。

 

今回橙子話でしたが、次は神城駿司編。


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