狂気の三人

 

 

 

 

其処は地獄、煉獄、狂気の絵画の世界、その手の形容の言葉が浮かび上がるように着色された場所、無論その色は赤、朱、赫、緋、紅、あか、様々なアカに染められてしまった場所、そして彼方此方で更に新しいアカが生まれ出る、その光景は地獄絵図。

 

まるで悪夢のようなアカ。

 

最も鮮烈にて強烈、そして目を引く赤は血の緋、生命の通貨、生命の象徴、行ける者の絶対必要物にて死へと繋がる色、生を彩る色、死への旅路の色。

 

赤の象徴たる血が周囲至る所に撒き散らされて空間を彩っている、その血を更に強烈にさせるスパイスとして持ち主の判らなくなった手足が幾つも転がり、断末魔の表情を浮かべた人間の頭が転がり、手足を切り裂かれた胴体が転がる。

 

顔を潰された肉の塊が壁に縫い付けられている、そして辺りに充満している匂い、その根源として流れ出る赤い血、赫い血、紅い血、様々な赤、黒く、薄く、鮮烈な、濁った、乾いた、色々な赤の液体。

 

その世界を人は何と評するだろう、地獄、それは夢想的に過ぎる。

 

あるかどうかも判らない言葉は何の意味も成さない、生物が死ねば只の化学物質の塊に過ぎない死後の世界などと言う仮定の世界など生温いにも程がある、煉獄もまた同じこと。

 

されば何と評するか、何と表現するが相応しいか、それは個々人の感性だ、故にこう評しよう、この地獄絵図のような光景こそが、この血が流れることが当たり前に過ぎる光景こそが“現実”、人が死に、苦しみ、嘆き、殺され、潰され、蹂躙される、そんな世界こそが現実、現実以外では起こりえない事象、故に“現実”。

 

“現実”の中、幾十の生物の成れの果てが転がる旧家の邸宅の中に上がる声、これもまた“現実”故に響く声、だがしかしあまりに相応しくは無いだろう、その声は余りに不似合いだ、いやその不適合さが更なる合致を生み出してこの場にそぐっているのかもしれない程にそれはとても愉快な声だよ。

 

女の喘ぎ声、男の荒い息遣い、艶やかな水音、まさしく男女の性交渉の音、そんな音こそがこの緋の空間に似つかわしいのかもしれない。

 

アカの中に喜びに満ちた女の声、そして肉が肉を打ち付ける音、荒い息遣いに、様々な行為により生ずる音、この屍山血河の中であまりに場違いであまりに相応しい、場に相応しい程に血に塗れた二人の男女が交わっている光景は。

 

奇抜に過ぎる。

 

男は少年と言えるほど若年で壁に背中を預けている自分より背の高い美麗な少女に自分の下半身を相手の其れに打ち付けている、その動きに合わせるように少女はその顔を恍惚に歪め、聞くものを惑わすような声を上げ、体と声で歓喜を表現する、狂ったように。

 

互いの顔に付着した血が化粧となり狂気の美しさを引き出す。

 

少年には悪鬼のような印象を少女には魔女のような艶美さを、少女は狂ったような喜びと興奮を露に、少年は無表情に、対極のような反応を示す二人だが、異常極まりない二人だが、それゆえに“現実”に相応しい。

 

現実は想像を超える、之ほどの地獄絵図の中の男女の睦み合い、それこそ想像を踏破した“現実”に相応しい光景。

 

「和樹、和樹、もっともっと突いて、私を犯して、くふっ、ああはぁつ・・・・・・・あんっ、和樹、もっと・・・・・・・」

 

少女が声を上げ、僅かに体を動かし少年の背に腕を回し抱きしめ豊満な乳房を相手の顔に押し付けるように抱きつき少年と唇を貪るように合わせる。

 

自ら腰を振りながら、快楽を増す様に、その喜色に満ちた表情がこの場の雰囲気と相まって、狂気を増幅させ、そんな狂気のなか徐々に少女は高まり更に艶やかな声をあげより乱れる、より自分を蹂躙する男の名を呼び男の寵愛を懇願する。

 

血の臭いの立ち込める場所で情事にふける二人。

 

ドレぐらいの長さをそこで費やしているのか、既に少女の裸身には血の他に少年が吐き出したであろうものがいたるところにぶちまけられ、その体を彩っているがそれが彼女を更に淫らに見せ、そしてその異常さを際立たせる。

 

幾許かが経ち少年がいっそう激しく動くと少女が感極まった声を挙げ更にきつく少年を抱きしめ、少年が退いた後には少女の股間には白濁した液が彼女の中から零れだしていた、それが彼女の体に降りかけられたものと相まって芸術のような厭らしさをかもし出す。

 

暫くの時を置いて。

 

少女が淫らな表情で少年に笑いかける、それは慈母のように優しげで淫魔が男を虜にする女の笑み、それでいて男を必死で繋ぎ止めようとする少女の懇願が入り混じった表情、あまりにこの凄惨な背景に似合わないそれでいて調和した狂気を併せ持つ表情。

 

狂った人間の顔。

 

 

 

 

 

だが狂っていると言うなら何処から何処までが狂って何処から何処までが正常なのか、徹頭徹尾の狂気か完全無欠の正常か、どちらも普通には有り得ない、聖者も愚者も賢者も落伍者も金持ちも貧乏人も誰もが誰も多かれ少なかれ狂っている、狂っている中での正常異常の判断など価値も無いだろう。

 

生物が生物として生きていることのみが正常で他は正常異常が組み合わさって混沌とし存在するもの、ならば狂っていようと構わないだろう、狂っているほうが、程よく狂っているほうが正常、ならば狂人は異常のほうに天秤が傾いているだけの存在に過ぎない。

 

だって完全無欠な正常がありえない以上、もし完全無欠な正常者がいたとしてそれは異常と変わらないのだから、これは拙い戯言、これからの狂った戯言物語へと繋がるただの前置きにして、意味も無い言葉。

 

では、興味があるならば更なる物語にお付き合いを。

 

 

 

 

 

葵学園、全国の優秀な魔術師を集めそれを教育することを目的としたエリート校の筈なのだが、どうもここって本当にエリートなのって常々疑問に思わされる面を多く抱えている。

 

どうでもいいことではあるが。

 

そもそもにある程度名門と呼ばれるところには問題を抱えてはいるものだ、学校であれ、何であれ、それこそ本当にどうでもいい、その問題がこの度の登場人物に降りかかれば全てが全て叩き潰せばいいだけの話。

 

どうでもいい。

 

その中の一つの教室、別名葵学園刑務所などの不名誉な二つ名を頂いている二年B組の教室、そこにぼんやりと言うか完全な無表情で自分の席に座り込んでいる少年、式森和樹。

 

只窓際の席から外を眺めているように見えるが、あまりの無表情のために本当に見ているのかどうかは定かではない、虚空を眺めていると言う表現が一番しっくり来るのではないかと思うが早く言えば周りに何の関心も置いていないのだ、自分の周り全てに。

 

そういう人間は往々にそういう表情をする、周囲に対する無関心、それは自分に対する無関心にも繋がる、いや自分に対して無関心だから周囲に対して無関心なのだろうか。

 

それを本人がよしとしているならば、それはそれなのだが。

 

ただ自分に対する無関心程に始末の置けない状態も余り無いだろうが、それは自分がどうなろうと他人がどうなろうとすべからずどうでもいいと考えているのだから。

 

己に対する無関心程最悪は無いのだ、行き過ぎた無関心は本当に始末に置けない。

 

無論そういう表情をする人間も例外と言うものは持っているだろうが、ただこの表情が出来るものは残酷だ、無関心と言うのは残酷に過ぎる。

 

その例外以外の対しては己を含めて無関心なのだから。

 

そんな無表情な少年に近づく人物、手に二つの包みを提げて和樹に近づいていく少女。

 

長身でスタイル抜群、顔立ちも絶世の美女といっていいほどに整っている、腰まであるロングヘアーも艶があり黒い絹のように彼女を彩っており、クールな表情であるが微妙に喜色に満ちた表情をしている、そんな彼女が和樹の前に立ち二つ持った包みのうち一つを自分の前にもう一つを和樹の前に置き、和樹に微笑みかけ口を開く。

 

その声は他人に掛けるものではなく親愛の情が溢れている。

 

「和樹、お昼食べましょう、ほら、どうせ食べていないでしょう」

 

少女が式森和樹に向けて暖かな調子の声を掛けるが少女、杜崎沙弓が声を掛けても無表情で反応の意思さえ示さない、沙弓のその声は恋人のような響きを持つが、少年からはそんな感情が微塵も感じられない、何とも傍目にはチグハグに写る二人だ。

 

歪な、脆い、歪んだ、チグハグな。

 

和樹は結局、沙弓が弁当の包みを二人分解き、和樹の前に箸を用意して「ほらっ」と頬を叩いてやるまでそこに何が起こっているのかを察知でもしていなかったように無関心だった、それだけ周囲に意識を置いていなかった現われなのだろうが、異常に過ぎる。

 

叩かれて少年は初めて沙弓の顔を見て、目の前に用意された弁当を眺め、箸を取り食事を始める、緩慢な動作でゆっくり、そこに美味い不味いと言うような感情などなさそうに只機械的に口に運んでいる。

 

それは食事と言う人間の楽しみに関わる行為ではなく、栄養摂取と言う生存に必要な機械的作業を行うような情景を連想させる、それ程に余りに機械的で規則的な動きで食事をとり続けている。

 

無機質過ぎて見ていられないほどに彼に情動は無い、それが前に親愛の情を示す人間がいても、その態度はやはり相手に対して残酷なのかもしれない、彼がそういう反応しか出来ないことを熟知していたとしても。

 

ただ唯一の救いは彼女と後幾人かの例外が彼に食事を出して食べて貰える相手だということだろうか、何の救いにもなっていないかもしれないが。

 

沙弓は僅かに悲しそうに顔を歪め、そして再び笑顔を灯らせて自分の食事に取り掛かる、男子と女子が向かい合って食べているのにとても冷たい雰囲気の食事を、いや栄養摂取と言うべきか?

 

それでも沙弓は自分の弁当の出来を和樹に尋ね、何気ない会話を交えようと努力している、言葉を発して何の返答も無いことに一言口にするたびに悲しそうに顔を歪め、それでも時たま口を開く、その姿は健気で哀れ。

 

彼女が食事に入って何度目かの会話、会話といっても少女が一方的に話しかけるだけなのだが。

 

「美味しい?」

 

味に対する質問もその食事が始まって何回目ともなる和樹に尋ねたとき。

 

「美味しい、ありがとう」

 

とだけ蚊の鳴くような声で少年が呟いた、相変わらずの無表情で緩慢な動作で食事を続けながら、ポツリと零す様に、それは感情が篭った謝礼には聞こえないだろう、目も上げずただ機械的な反応で言葉を返した風にしか聞こえない、普通の人間ならばその感想ともいえない感想に喜びなど見出すことは難しいだろう。

 

それでも。

 

それでも、少女にとっては嬉しかった、先程までの暗い様子を、暗いながら何とか明るく話し掛けようと努力していた少女の表情に喜色が混じる、些細な一言のはずなのに、それだけで癒されたような表情で少女は少年を見やる。

 

少年は既にいつもどおりの様子で緩慢に食事を続けているのみだったけど。

 

少女は、先程よりは嬉しそうにやはりまた時たま言葉を掛け続けながら食事を再開した、この二人のいつもどおりの食事風景、只少年が口を開いたと言うことを除けばいつも通りだった。

 

本当にこの少年は口を開かないのだから、そして表情を変えない、まるで人形のように。

 

そんな和樹が口を開いて自分に礼を言ったそれだけで彼女は嬉しかったのだ、たったそれだけで、ほんの些細なことで、彼女は嬉しかったのだ。

 

本当に悲しいぐらいに彼女は嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

少年が、ほんのわずかに口を広げる相手、それが目の前の少女、天才と呼ばれた少年が唯一、ほんのわずかでも心に侵入することを赦す少女“沙弓”。

 

少年と言う“損傷物”を庇護し、渇望する少女“沙弓”、少年を何より愛して、狂えるほど愛する少女、そして少年同様“損傷物”壊れた箇所は似ていて否、似てはいるが同一ではない、壊れた少女は少年を望む。

 

少年にそれが届いているのか、そもそも少年に愛と言う形の無いあやふやな感情が理解されているのかそれさえわからない少女はいっそう少年を求める、狂えるほどに。

 

少年を外敵より守り、雑音から遮り、自身の子宮にて守る幼子のように庇護する少女。

 

両者はともに狂っている、方向性こそ違え二人は狂人、どこかのパーツが壊れた欠陥品、欠陥製品、それとも人間失格。

 

だけど壊れていたからどうだというのだろう、壊れてしまっているからどうだと、直らない、いや今の状態であり続けることがどうなのだろう、それは改変するべきことなのだろうか、変えてしまわなければならないことだろうか。

 

歪で、脆くて、儚くて、硬い、それでも変わる必要はあるのだろうか、変わらなければならない何かはあるのだろうか、そもそも変わるとはなんだろう、何が変われば彼等は彼等の望むようになる、彼らが望むことがもっと壊れることか、直ることなのかそれさえも判らないのに。

 

変わる、変わらない、それはどうでもいいことだ、どちらにころんでも何も変わらない、大勢に影響無し、そんなものだろう、高々狂人、好きにすれば良い。

 

狂えることが幸に近づくことも世の中に間々あること、それならば、彼等がそうならば狂えるだけに狂っていれば良い

 

 

 

 

 

この二人の下校時もともに行動する、やはり少女が話しかけ、少年は無表情に歩を進める、この二人がこの学校に入学してから続けられた毎日の風景。

 

そこに違和感は無い、違和感があるはずなのに、周囲に違和感を感じさせないほどにお決まりだったから、校内でも有数の美女が何の取り柄も無い根暗と思われている人間に世話を焼き、少年はそれに何の反応も示さない。

 

入学当初は少年に向けて嫉妬やそれに類する感情が向けられたろう、無口、無表情、そして体格もいいほうではない、良くて中肉中背顔立ちも端正な部類には入るだろうが平凡の域を出ない、下らない人間の悪感情をむけられる条件としては揃いすぎていた。

 

だが確かにその手の感情が向けられ物理的や精神的な嫌がらせが無かったわけではなかったが少女によって物理的に黙らされた、それはもう苛烈に、少年の悪口を一口でも口にすれば。

 

そういう事態が続いた後この二人は基本的には孤立したが、この二人に何か言うものは居なくなった、この二人に付き合っているのは、この二人の事情を知るものか、そのような些細なこととして関心を払わず二人に興味を向ける変人ぐらいのものだ。

 

その変人の数も多いとは決していえない。

 

この違和感の象徴たる二人組みは違和感さえが日常になるくらい二人で行動するのが常だった。

 

「和樹、今日は何がいい、和樹の好きな肉じゃが、それともお魚」

 

夕食の献立だろうか、少女が少年に尋ねるが、少年にはやはり返答しない、それでも微妙に顔を向けたのだから反応はしているようだが、そんな、ある意味歪な会話を続けて帰路についていた。

 

 

 

 

 

ここで、この二人の通う学校は基本的に全寮制、つまりは男子寮、女子寮に別れて生活している、基本的には異性は他の寮には入ることさえ手続きが要るほどで、名門校であるので男女間の問題にはうるさい校風を現在においても維持している学校だ。

 

それでもこの二人は同じ寮に入り込み、そして同じ寮で生活している。

 

沙弓が男子寮で生活しているのだ、それも個人の我侭に近いような要望で。

 

これは特異なこと。

 

特に学校という対外に対する対面を気にする環境で、そして内面でも特別扱いそれも露骨なともなれば普通は許可が降りるはずが無い、だが許可は下りている。

 

この少年の特殊な事情を鑑みれば学校側としては許可せざるを得ず、この特例には二人が絶大な魔術師でもあったというのがある、校則を下に放り出す損失とを天秤にかければやはり許可するしかなかった。

 

私立である以上教育機関としてよりもビジネスが先にたつ。

 

流石に同室は拙いといって少女の部屋は管理人(女性)の部屋の近くであり少年の部屋とは離れた位置にあるが、少女と少年が殆どともに居るのであまり意味が無い。

 

その寮、彩雲寮に帰宅した二人は玄関口で分かれそれぞれの自室に向かう、少女は着替えのために自室に戻り、少年は自室に向かう。

 

5分もすれば少女は少年の部屋に向かいやはり甲斐甲斐しく世話を焼くのだろうが、既に互いに知らぬことは無いとは言え少女としては少年に着替えを見せるのは羞恥の感情が湧かぬはずが無いのだから、その僅かな時間を離れるのは致し方ない。

 

色を知ってしまってもそれだけの気恥ずかしさは持ち合わせている、それでも彼女は同室ならば目の前で着替えてしまうのだろうけど。

 

だが、この5分が少女に怒りを与える五分になるのだろうが。

 

 

 

 

 

和樹は自室、二階の端に位置する自分の部屋に向けて歩を進めるが、その相変わらずの無表情に僅かに何らかの変化があった、些細な変化で見つけるのが難しい変化ではあったがほんの僅か警戒と不快の色がその表情に宿る、自室の前に立ち止まり僅かに逡巡したが、いつも通りの無表情に立ち戻り、自室のドアを開け中に入る。

 

その和樹の変化は、彼が自分の気を許す人間以外に表情を変化させるのは、それはとても危険なことだったが、それが些細な変化であっても、それは彼にとってとなるが。

 

いや、もしくは変化を与えた当事者となるか。

 

 

 

 

 

中にあった少年の感じた違和感、それがドアを開けた目の前に居た、少女と言えばいいのだろう、確かに美少女、愛らしい形の顔に華奢な体、生命力に満ちた瞳、少年の何の感情も宿らず何の意思も垣間見せない死人の瞳に比べれば何と人間の目をしていることか。

 

その少女が、少年の前に座り、口を開く。

 

「お帰りなさいませ、和樹さん」

 

それはもう嬉しそうに、何の疑問もその表情には見て取れず、まるで当たり前のようにその言葉を吐き出している。

 

だが、少年はその少女を一瞥にせず、自室に入り、上着を脱ぎ椅子にかけ、鞄を放り捨て、そのまま本棚に向かい、タイトルが英語で書かれた本を取り出すと壁を背にページを捲る、まるで少女の存在など知らないかのように。

 

認識出来ていないかのように完全に無視していた、自分の部屋に誰かが勝手に入ろうとそれを不快に思っていないかのように、無論彼は先程の微妙な変化の時、不快を示してはいたのだが。

 

今は只黙々と目が文字を追う作業に集中している、目の前に居る少女がまるで置物であるかのように、不快の根源などそもそも無かったかのように。

 

少女としては、困り果てるだろう、何らかのリアクションを期待していたほうとしては全くのノーリアクション。

 

だが、この少女、宮間夕菜、戸惑いは覚えたようだがこの少年に気分を害した様子は無く僅かに媚びる様な調子で言葉を紡ぐ。

 

「和樹さん、私宮間夕菜といいます、今日から葵学園に転校してきました」

 

だが少年は意に介さない、聞こえているのかどうかも怪しい様子で目の前の本に意識の大半を割いているようだ、だが少女は続ける、僅かにそんな少年の態度に戸惑った様子で。

 

「その、和樹さん、私今日からここに住むように言われて」

 

だがやはり少年は反応しないまるで雑音を聞き流すように目の前に誰も居ないように反応を返さない、これには幾分少女も気分を害したのかもしれない。

 

口調がきつくなり始める、だけれども彼女は彼に放り出されないだけマシなのだが。

 

「和樹さん、何で聞いてくれないんですか。顔をこっちに向けてください。私のことを無視するなんて酷いじゃないですか。お話しましょう」

 

だが、意に介さない、更に少女が激昂する。

 

「和樹さん、私のこと覚えていないんですか、何で話してくれないんです、何で無視するんですか。こっちを向いてください。本なんて読んでいないでください、私とお話しましょう」

 

だが反応しない、怒りに立ち上がり和樹を見下ろす少女にも少年は反応の意思を示さない。

 

構図としてはまるで人形に怒鳴りつける精神異常者のようにさえ少女が見えるほどに彼は完全に無反応。

 

そこにトントンと軽いリズムでドアがノックされ、住人の断りなしに開かれ、そこに居るのは、三年生の襟章をつけた美女、学校の生徒ならば誰でも知っている有名人風椿玖里子。

 

不敵な笑顔を讃えて、大胆に他人のしかも男性の部屋に入り込むが少女の剣幕にわずかに逡巡するような表情をするも、少年に向けて「あんたが式森和樹?」と、問う、だが少年は本を読むことを止めようとはしない、本から僅かも視線を動かさず、新たな人物にも興味を抱かない。

 

そもそも視線すら向けてはいない。

 

そんな様子に玖里子は戸惑い、夕菜は新たな登場人物のために怒りを更に燃焼させる。

 

「玖里子さん、何でここに来るんですか!!

 

詰問調に夕菜が玖里子にキツメの口調で問う、彼女にしてみれば玖里この目的など見え透いているがそれが彼女には受け入れがたい。

 

「夕菜ちゃんと一緒よ、あんただってそれが目的で来たんだから私に文句言う権利は無いと思うんだけど」

 

と、少女の怒りなど何処吹く風と受け流すが、少女はそれを否定する発言をする、勝手に他人の部屋に上がりこんで口論するのもどうかと思うが和樹はそれでも無視を通している。

 

本当に耳に入っていないかのように。

 

「私は違います、私は和樹さんと結婚の約束をしています、同じにしないでください」

 

とそんな玖里子の態度にさらに不機嫌になるが、玖里子はそんなもの意に介さず、和樹に近寄り。

 

「ネェ、和樹、お姉さんといいことしま・・・・・・・・・・・・」

 

少年の肩に手を掛けて、少女が口を開くがその言葉が途中でとまる、肩に触れたのに反応したのか和樹が玖里子を持ち目その目はガランドウ、何も見ていないのだ、自分が触れた手も、羽虫が触れた程度としか思っていない目が自分を射抜いているのを感じた。

 

それはたまらなく不快だろう、自分と言う存在が完全に無視されて、そのへんにある石ころと同じ価値としてしか見ていない目で見られたのだから。

 

瞬間彼女は息を呑んだ、不快から来る怒りよりも、こんな目をする人間に玖里子は覚えがあったから、だから恐怖した、なんでもない平凡な少年だったと言う存在から畏怖の対象となった。

 

彼女はその目がとてつもなく怖かったのだ、人間を自分をまるで石ころのように見ることが出来てしまう目が。

 

それと同じ目をする人間が彼女には一番怖かったから、そういう目で見られるのが一番怖かったから、だが和樹は意図的にそういう視点で視たわけでもないだろう。

 

彼は誰彼構わず同じような視線で他人を見ているのだから、そういう視線でしか自分にかかわりの無い人間を見ていないのだから、それが彼の人間に対する評価なのだから。

 

いや評価ですらない彼にとってはすべからく世界はそういうもの、評価以前だ。

 

「ちょっと、あんた、なんで・・・・・・・・・」

 

玖理子が最後まで彼に対する違和感、いや恐れを口にする前に、いつの間にか部屋に入ってきた人間に引き剥がされた、この部屋にすぐ来ることを予定していた人物によって。

 

いまや私服姿となった沙弓が、怒りを目に湛えて凄い力で和樹の肩に触れていた玖里子の体を引き剥がした、大切なものに不用意に触れようとした悪ガキから大切なものと引き離すように。

 

乱暴に引き剥がされた玖里子は投げ捨てるように畳の上に放り出され、そんなことには意も介さず沙弓は、和樹に近づき。

 

「何があったの」

 

「お帰り、沙弓」

 

と少年が質問には答えず、迎える言葉を囀る。

 

これは最初の質問には答えを持たず、返答は珍しくこの煩わしい存在を離してくれた感謝の意味で声を出したと言うところだろう、少年が、迎えの言葉を出すのは珍しいのだから“お帰り”と言う類の他者を招く言葉ではなく受け入れる言葉は特に。

 

その言葉に僅かに沙弓の頬が歓喜に緩むが、自分達の共有空間に入り込んだ異物には敵意を向けるのを忘れない、ここに入ると言うことだけで、少年はともかく少女は不快なのだから、だから少女は、この部屋に居る二人の異物に敵意を向け毒を吐く、自分の安息の地に入り込んだ異物である二人に険しい目を向けながら沙弓が口を開く。

 

「貴方達、誰、勝手に入ってきて出て行ってくれない目障りよ」

 

初対面の人間に向けて言う言葉ではないだろう、友好などと言う感情を廃して完全な敵意一色の言葉を吐き和樹の前に立つ沙弓、まるで和樹を外敵から、それとも外からの干渉に触れるのを嫌悪するように。

 

いや恐らく両方だろう、そして彼女、沙弓は目の前にいる二人を敵としてみている、そして紛れも無く、この二人は和樹を詰問し、和樹に触れた、十分に敵と言う範疇に入る行為をしている。

 

早計と思うかもしれないが、彼女の生きてきた時間では十分に警戒に値する、彼女の心にはそれだけで許せないことに写る、それが幾ら他者に理解されないとしえも構わないだろう、だがそのような態度がこの二人には受け入れがたいし、ここまでの敵意がむけられるのがわからない。

 

それに彼女たちにも事情がある、無論手前勝手過ぎる事情であり、この二人の事情や欲望にとっては目の前の沙弓の敵意は鬱陶しくてしょうがないのだ。

 

風椿玖里子は個人の事情により、目の前の少年を欲し、そしていきなり力任せに振り回されたことに怒りを湛えていたが、只この少女は幾分冷静ではあった、元々感情に振り回されるよりは理性で自己を支配するタイプの人間なのだろうから。

 

この場では賢明である、多分。

 

その沙弓の様子を観察し目に自分たちへの怒りがあることは察知していたのだから、自分達の来た目的すら見抜かれているかもと考えると強くは出られない、彼女たちの事情と言うのは世間的に褒められたものではないだろうから、特に親しい間柄と思われる人間には。

 

彼女にはそれが理解出来るだけの客観的視点があり、自分の立場に対する嫌悪感を持ち合わせていた、誰が好き好んでというような事情なのだから。

 

で、本家本元の不法侵入者宮間夕菜、因みに自分が不法侵入していることの自覚は無い。

 

問題はこちら、その沙弓の怒りに気付かず、理性よりも感情と欲望を優先させる種類の人間、宮間夕菜は個人の願望により少年を欲し、他者の事情を鑑みず、只欲望のまま目の前の少女に牙を剥く。

 

特に夕菜と呼ばれる少女にとって少年は自分の偶像の中で最も大切な存在と成り果てているのだから、だが偶像は偶像であるべきだ人間は十年もたてば変わる。

 

優しい男の子が、眉一つ動かすことなく笑い合っている人間の首を掻っ切るような人間になることもある、そこまで行かなくても、女を食い物にする外道に育っていることなど無きにしも非ず、自己の偶像の通りに成長してくれるなど所詮虚構に過ぎない。

 

彼女は考えているのだろうか、少年が昔のように優しい少年ではなくなっている可能性を、少年が自分を覚えていない可能性を、そしてその自分の思い込みが自分の欲望がどれだけ他人を傷つける可能性を孕んでいるのかを。

 

恐らくは考えていない自分の中の偶像、虚構こそが全ての少女はそんなことを考えもしない、そんな人間には偶像は偶像のままであるべきなのに。

 

「貴方こそ誰なんですか、何でここに居るんですか!!! 私は和樹さんとお話しているんです邪魔しないでください、それにいきなり何するですか、玖里子さんを突き飛ばすだなんて」

 

どこかのSSの自分の行動を振り返って貰いたい、君はそれ以上のことをやらかしている(作者の別の小説でもいいが)、それ以前に家宅不法侵入は十分に刑法に抵触している、和樹は彼女達の入室を許可していない、この時点で住人やその知人に危害を加えられて文句を言うことのほうが筋違いだろう、何より先に犯罪やらかしたのは自分たちなのだから、玖里子も許可を取っていないと言う時点で同じ。

 

どうせ自分がやっていることは愛しい人の為となり、自己内で正当だと補完されているのだろうが、迷惑極まりなく、汚物にまみれた思考の果てに生まれた考えは、欲望という汚物は、だが彼女はその汚物を至上としている、その欲望を実行することを、そしてそこに立ちふさがる沙弓は自分にとっての理不尽な邪魔者といったところか。

 

迷惑なことだ。

 

「私は杜崎沙弓、不法侵入者を撃退して何が悪いのかしら、それに和樹が貴方と話をすることは何も無いわ、消えなさい」

 

声に感情も交えず、その目に怒りのみを湛えて沙弓が述べる、本当に目障り極まりないのだろう、それは彼女の陰惨な、和樹に向ける慈母のような温かな目ではなく、和樹に近いガランドウの目、まるで夕菜と玖里子を見る視線は邪魔者を見ると言うよりは煩わしい不要物を見る目、人間を見る目ではない。

 

器物に対して怒りをぶつけているような印象を受ける目だった、存在することに対する怒りのようなものだろう、目の前にいること、そもそもその事実に対して怒っている。

 

これから和樹のために食事を作り、世話をして、数少ない会話を交わす、夜になれば体を合わせ、互いの存在を確認し、自分の体を貪られる甘美な時間、そんなどこか歪んでいるが二人の愛情の為の時間に踏み込んだ異物など、しかも和樹に責めるような調子で話しかける女など、彼女には排除すべき障害としての価値しかない。

 

故に敵、それが沙弓の認識のすべて。

 

 

 

 

 

因みに和樹は沙弓が現れて以後、本を閉じ沙弓の様子にだけ注視していた。

 

完全に二人の存在を無視しつつ、まるで沙弓のみが彼の世界と言うように。

 

 

 

 

 

喧騒は続く。

 

沙弓のある意味筋の通った反論を受けても夕菜が納得することは無く、更に激昂する、彼女にしてみれば見ず知らずの女が自分の愛しい人に親しいと言うだけで気に入らないのに、消えろなどといわれて感情が高ぶらないわけが無い。

 

時折なにやら叫んだりしているがどうもあまり的を得た意味を叫んでいるとは言いがたい。

 

隣に居る玖里子はそんな夕菜の様子に逆に冷静になったのか口を開く。

 

「杜崎沙弓だっけ、あんたさ自分が何でここに居るってのに答えてないわよ」

 

確かに答えていない、そこに気付くのが玖里子の目敏さだろうが、ここでは混乱を招く要素になるだろう、もう十分に混乱しているだろうから、これ以上の混乱も変わらないだろうが、変化が無いのならばもっと混乱を招いてしまえ。

 

一人の少女限定で。

 

沙弓はその問いに、怒りの視線を湛えたまま言い切る。

 

「私が何でここに居るのかってこと、私がここに居るのが当たり前だから、それを和樹が赦してくれるからよ、何か問題があるの、貴方たちは和樹の許可を得てここに居るのかしら、私がここに居てはいけない理由でもあるの」

 

二人の関係を言うと、只この二人は恋人ではない、決して、恋人やそれに類する単語ではこの二人の関係は表現できない、沙弓自身もそうは思っていない、そんな甘い関係ではない。

 

この二人は相棒、肉体関係があろうと、沙弓が和樹を狂えるほど愛していようとこの二人には恋愛関係と言うのは似合わない。

 

一方が狂愛し一方は存在を赦し依存しているだけ、それにこの二人は愛と言う言葉の表現外にありうるだろうから、この壊れた少年と、壊れた少年を愛でる壊れた少女は寄り添うように生き、二人で一つの自己を保っている。

 

半身とも言える存在、これはちゃちな恋や愛ではなく自身の命すら他者と共有する相棒と言う表現こそが相応しい、この狂った二人には常人の愛などと言う定義などと言うわくでは収まらないだろう、例え沙弓が和樹の子を成したとしてもそれを愛の結晶と呼べるかどうかは疑わしい、信頼の証とでなら、といったところだろう。

 

だが、わからない彼女たち二人はワカラナイ、目の前に居る人間が壊れ、狂っていることなどわからない、只変わった人間、乱暴な女、無口な少年としか映っていない。

 

この狂った関係を形成する何よりも繋がった二人の関係を知るすべは無いのだから。

 

そして沙弓の言は夕菜を怒らせる。

 

「どういうことですか、何で貴方が和樹さんと一緒に居るんですか、そんなの問題あります、それに貴方に私がここに居ることを指図される謂れはありません」

 

因みに幾ら問題があろうと夕菜がそれを指摘する権利は無い。

 

激昂し沙弓を睨みつけながら怒鳴るが、沙弓はいくらかマシそうな玖里子に目を向け、和樹は我関せずと沙弓に目を向ける、まるでそれ以外には関心を払わずに。

 

 

 

 

 

沙弓は激昂する夕菜を無視して、会話する価値が無いとみなして玖里子を見て口を開く。

 

但し先程から一切の感情を怒りに集中させて、それでいて口調は荒げない無感情な声のままだ、冷徹なる激情の中の理性、沙弓は感情の操作に長けている、怒りに染まっていてもそう易々とは感情に身を任せない、それでも言葉の端々が険悪になるのは致し方ないだろうが、この二人に好意を示す理由など微塵も無い。

 

沙弓にとってはすでに排除すべきものとして認定されているわけだ。

 

因みに感情の操作に長けているとはいえ彼女のそれは爆発させるのも冷たく煮詰めるのも自在という意味、その感情の使用により彼女は肉体さえも制御する。

 

「今度は私が質問するわ、何で貴女達がここにきているの、ここは女人禁制の男子寮なのよ、私のように許可を取っているわけじゃあないでしょう、質問に答えて出て行きなさい、学校に連絡するわよ」

 

淡々と、それで居て悪意を込めている、男女関係に五月蝿い学校側に知られれば良くて訓告悪ければ停学、沙弓は事情が知られているので痛くも痒くもない。

 

玖里子とて、実家に理事が居るとしてもあからさまな優遇はされまい、規律の問題になるからだ、沙弓としてはさっさと出て行かなければ問題にするぞと脅しているようなもの、どうやら沙弓まだまだ理性は保っているようだ、やり方が陰湿ではあるが切れてはいない。

 

この台詞に夕菜が更に激昂するが、描写するのも面倒くさいので却下。

 

玖里子は嫌そうに顔を歪めて、口を開く、どうやら彼女にとっても拙いようだ。

 

「私らがここに来た理由ってこと?」

 

玖里子が自分を指で指しつつ、確認を取る。

 

「言いたくなければ、どうでもいい。さっさと帰ってくれたほうが助かるし、消えてくれると感謝ぐらいしてあげるわよ」

 

本心からそう思っているのだろう、事情などどうでもいいから消えてくれと、消えてくれたら沙弓は、愛しい和樹の世話ができるのだから。

 

実際、消えるべきだった、わけなど話さず、目の前の二人の狂気を感じて諦めるべきだった、この少女の琴線に触れるような言は吐かずに。

 

只単純に言葉を吐き出す玖里子、自分たちがここに来た理由を、自分たちが家にいわれてきたと言うこと、和樹を婿として迎えろと、それが和樹の血に眠る強大な遺伝子の為である事、それが自分の家の隆盛を更に上げるためであること。

 

そして和樹の子が強大な魔術師になることは確実なこと、途中で夕菜がなにやら叫んでいたが彼女とて大筋では大差ない、そこに和樹本人の意思など感じられず、只ていのいい種馬にしようとする意思しか見て取れない身勝手な言葉、そこに罪悪の感情が見て取れない様子。

 

ここまで話して。

 

途中玖里子は夕菜に確認を取ったりはしたが、話し終わったとき、因みに確認の時も夕菜はどっちつかずの返答しかしていなかった、それでも自己主張だけはかなりしていた、あまつさえ「私たちは愛し合っているはずなんですから、そんなこと問題じゃありません」とかのたまっていたが。

 

沙弓の目は、先程の怒りがほんの些細なものといえるぐらいに濁りきっていた、既にガランドウでなく一つに集約されている、感情が一つに集約すると良くも悪くも澄んで見えると思うが、今の彼女は怒り、憎しみ、怨嗟、様々な負の感情で彩られている、負に集約されている。

 

故に濁っている、負に濁っている。

 

故に、言葉が途切れるかどうかと言うと言うところで沙弓が玖里子の胸倉を掴み上げた、腕一本で体格こそふた周りは違うが女性の腕力で吊り下げられる、唐突に。

 

相手の状態など考慮せず荒々しく。

 

玖里子は何とか振り解こうとするが、いかんせん腕力の桁が違う、体を揺するだけで徐々に首が絞まっていく。

 

だが沙弓はその様子に頓着しない。

 

その様子に夕菜もそれに反応して。

 

「何をしているんですか、離しなさい、玖里子さんの首が絞まっているじゃないですか、なんのつもりです」

 

沙弓の突然の強行に対して夕菜が反応し、沙弓に近寄り解こうとするが、吹き飛ばされる、沙弓のいきなり放った前蹴りが腹部を撃たれ、飛んだのだろう、夕菜を見ることも無く唐突にまるで目の前に居る虫を踏みつけるような気軽さで蹴りつける、まるで目障りな犬を蹴飛ばすように。

 

そして脇で腹を押さえて苦しむ夕菜に何の関心も示さず、激情に染まった沙弓が言葉を呪詛のような感情を込めて口を開く、そう、それは怒りを言葉に具現させた本流、怒りの集大成。

 

怨嗟の調べ、呪いの言葉。

 

「和樹を婿に、何で、何で私の和樹を、あんた達みたいな女に渡す、あんた達みたいなのに穢される。遺伝子、才能、子供、和樹は道具、私の和樹が道具、貴女達何を言っているか判っている。それを私が赦すと、そんなこと赦すと、和樹の何も知らないあんたが、和樹をまた傷つける。何も知らない癖に、和樹を穢す、あんた達何様なのよ、和樹は私の和樹なのよ、和樹は私のものよ!!!!

 

それは狂える叫び、玖里子を宙吊りにして叫ぶ彼女の慟哭、和樹を犯す侵害する侮辱する全てを排除する叫び、自分の半身を汚されることに抵抗する純なる叫び。

 

我が子を守ろうとする決意の慟哭。

 

感情に呼応して、その表情が憤怒に染まり、掴み上げている腕に力がこもり一層首を締め付ける、そして和樹が口を開いたならば同様のことを言うだろう。

 

自分が沙弓のものであり、沙弓は自分のものだと、彼らは二人で一人なのだから二人で一つの自己を形成する欠落者、二人は互いの侮辱を赦さない、和樹が動くと言うことは地獄ができると言うことだろうが。

 

当の和樹は、その沙弓の激情に和樹がわずかの反応を見せていたが、その目にはやはり無表情無感情、只宙吊りにされている玖里子と壁の端で腹を押さえて蹲る夕菜を一瞥したのみ。

 

それ以後は沙弓に関心を戻したのみだ。

 

目の前の暴力現場もあまり彼の興味を誘うものではないようだ。

 

確かに勝敗の決した暴虐など面白いものではないだろうが。

 

 

 

 

 

沙弓が宙吊りにしたまま更に口を開く。

 

既に玖里子の足は緩慢にバタつかせ、なんとか両の腕で首の拘束を緩める程度。

 

窒息も近そうだ、だがそんな苦しみの様子など意に介さない。

 

もしかしたらこのまま窒息死しても眉を顰める程度かもしれないが。

 

彼女から見れば、自分以上に和樹を侮辱した相手は万死に値するだろうから、死んだら死んだで喜悦の表情を浮かべるかもしれない。

 

「何で、どういう権利があって、和樹の遺伝子を、子供を、しかも勝手に婚姻を迫るの、あんた達そんなに偉いの、人の感情なんか無視して自分の思い通りいい身分ね。それなら精子くらいなら上げるから、それで勝手に人工授精でもすればいいでしょ、それで子供は得られる、稀代の魔術師は手に入る、貴方たちにとってはそれで十分でしょう、この下郎」

 

侮蔑の言葉を吐く、人の権利を蹂躙するメス豚だと。

 

力のために子供を欲する畜生だと。

 

その言葉を沙弓に吐かせる、あまりに身勝手な物言いは彼女を怒らせた、それは憎悪と言う感情を超越する怨嗟、そしてその言葉を聴いた玖里子は既に呼吸もままならない様子で。

 

「そんな・・・・・・つもりじゃ」

 

とかすれがすれの声で反論する。

 

もう幾許もすれば完全に首が閉まり、気管が塞がれるだろう、そんな中で反論するも。

 

「じゃあどういつつもり、まさか種馬として迎えた人間を全身全霊で愛するとでも。そんな戯言を真に受けろと」

 

反論は一瞬で封じられる、どだい出来るわけが無い、力のための婚姻でしかも今の和樹のような人格破綻者を愛するなど不可能だ、結局何を言い募ろうと、子供ができれば蔑ろになるだろう。

 

だが良家の娘が私生児では稀代の魔術師といえど対面が悪かろう、人道云々以前にその手段は最後の手段だろうが。

 

玖里子とて望んできたわけが無いだろうが、それでもそれは沙弓の察することではない、それならば玖里子がそのような怒りを買う行動に出た風椿と言う家そのものの罰を受けると言うことだけだ。

 

だが、沙弓はその苦しむさまに興味を失ったのか。

 

既に顔面蒼白になった玖里子を一瞥して乱暴に放り投げ、壁にぶつかり玖里子は盛大に咳き込み、打ち付けられた痛みに体を振るわせる、まるで人形を腹いせに壁に投げつけるように。

 

そんな様子に構わず、沙弓が口を開く、玖里子が苦しむさまなどなんでもないと言う風に。

 

彼女にとっては目障りな人形を投げつけただけなのかもしれないが、そんな玖里子を蹴り付け、戸口のほうへ追いやる。

 

「さっさと出て行ってくれない、欲望に塗れた人間は居るだけ不快だわ、出て行かないんなら出て行ってもらうことになるけど」

 

その美貌を無表情にし、先程より更に険のある口調で告げる、先程の行動から、出て行ってもらうと言う行動がどういう種類の行動か簡単に推測される、物理的に排除されると言う意味など分かりやすすぎるくらいだ。

 

と言うかリアルに想像するのは怖すぎる。

 

が、腹部の鈍痛から立ち戻った夕菜が今度は噛み付く、この子は本当に怖いもの知らずで。

 

「誰が出て行くんですか、和樹さんが貴女のものなわけないです、和樹さんとは子供の頃約束したんですから、私をお嫁さんにしてくれるって、大体貴方、和樹さんは何も言っていないのに暴力ばかり振るって、貴方にそんなこと言われる権利はありません」

 

沙弓を凄まじい眼光で睨みつけ、目の前に居るのが親の敵のように見据える。

 

「もう私に話すことはないわ、それに和樹は私のもの、そして私は和樹のもの、貴方はどうでもいい。これ以上痛い目を見ないうちに消えなさい」

 

沙弓は相手にしない、まるでゴミのように見つめる目が夕菜の癇に障る。

 

「和樹さん、私です、夕菜です、覚えてないんですか、結婚の約束をしたじゃないですか、覚えていてくれてますよね。あんなにしっかり約束したんですから」

 

今度は愛しい相手に向けて言葉をかけるが、和樹はまるで聞こえないように、先程から激昂している沙弓を見るのみ。

 

視線さえ向けてはくれない、これではせっかく自分と言う存在を示そうとした夕菜に立つ瀬が無い、しかも自分が愛しいと相手も覚えていてくれているはずだと言う相手から完全に無視されている。

 

「和樹さん、何で無視するんですか、私です、夕菜です」

 

だが、反応しない、目もくれない。

 

和樹にとっては雑音に過ぎないから。

 

「うるさいわ、貴方、和樹にも相手にされていないようね」

 

沙弓がそんな様子を、不愉快そうに口を開き、それが夕菜に突き刺さる。

 

だが、その言葉が引き金になる、この少女の少年に焦がれる思いが敵意に変わる、自分の邪魔をする、自分が和樹に相手にされない現況として敵意の対象を定める、目の前に居る気に食わない女、杜崎沙弓。

 

夕菜の敵意が収束する、彼女の思考の中では、既に自分が和樹に相手にされていないと言うのも沙弓のせいになっていることだろう。

 

実際のところは沙弓のお陰で和樹は必要最低限の社会性を保持しているのだが。

 

今現在和樹がこの学校に通学できていると言う点で彼女は沙弓に感謝すべきでさえあるのかもしれないのだが、もし沙弓が居なければ彼女は和樹と何の接点も持てないであろうから。

 

「貴方も、和樹の精子を欲しがる獣でしょ、汚らわしいから消えなさい、和樹が穢れるわ」

 

沙弓の辛辣な言葉が続く。

 

毒を含んだ侮蔑の言葉。

 

だが今の夕菜にはそれが引き金になる、憎悪となった感情の引き金に。

 

自分のことを見てくれない少年に対する苛立ちが沙弓に対する憎悪へと切り替わる引き金に、敵意が憎悪へ憎悪が攻撃性へ攻撃性が行動へ。

 

だが通用するだろうか、只の妄執と狂える愛この二者が。

 

「誰が獣ですか、和樹さんを変な風にしたのは貴方ですね、それに貴方は和樹さんとお話しする邪魔です、ザラマンダー」

 

唐突に怒りが爆発したのだろう、いきなり周囲の精霊を召喚し放つ攻撃性火焔魔術、後先など考えず怒りのままに放つ幼子の我が侭のような攻撃、もしこの魔術が防御もできずに喰らうことになったらどうなるカなど考えては居まい、本当にどちらが獣やら。

 

だが、そんな攻撃を沙弓は何の魔術も展開せず、流れるような動作でスカートの中に手を差し込み引き抜いた、その右手にあるのは銀のナイフ。

 

沙弓は迫り来る火炎に銀のナイフを振るう、なぎ払うように。

 

只普通、物理攻撃で魔術の攻撃は防げない、まず物理的な炎が切ることができないのと同じように。

 

だが沙弓のナイフはある意味物理的炎を超越する魔術の炎を断ち切った。

 

夕菜が驚愕の表情で次のウンディーネ、シルフなどの水や風の攻撃を放つが同様一振りで断ち切られる。

 

そして徐々に近づいてくる沙弓、シルフを断ち切ったところで凄まじい速度で突進する。

 

沙弓は自分に魔術を使った相手に容赦など持ち合わせていない、殺しなど慣れている、今さら一人二人殺したところでというのもあるし。

 

何より気に入らない、和樹を侮辱し、過去を押し付けるこの女は気に食わない。

 

殺害動機には十分だ。

 

故に銀のナイフが夕菜に襲い掛かり一閃、反射的に夕菜が後退し、その弾みで転び頬を切り裂くに済んだが。

 

沙弓は軽く舌打ち、追撃に移る。

 

玖里子は未だ痛みで起き上がれず沙弓の凶行を眺めるのみ。

 

夕菜は暴虐を加えたのは自分にも拘らず本物の殺意を浴びせられ、頬を裂かれ硬直し回避は難しい、本当の殺しなど経験の無い彼女は既に死が迫っていることにも気付かない。

 

沙弓は一度腕を折りたたんでジャブのようにナイフを突き出す、ナイフにとって唯一殺害に至る技法は突くこと。

 

薙ぐことでは致命傷には至り辛い。

 

故に殺意の乗った攻撃を容赦なく打ち出す。

 

だがその高速の攻撃は夕菜には届かなかった。

 

追撃に移る前に室内の様子を察知した人物、沙弓と和樹を知る人物、この騒動を予見し未然に防ごうとした人物。

 

沙弓と和樹の理解者。

 

神城凛。

 

彼女は愛用の刀を抜き放ち沙弓のナイフの軌道を逸らしたのだ、強引に夕菜と沙弓の間に割ってはいることによって。

 

凛は刀を下ろし沙弓を見て一言口にする。

 

「沙弓姉様、少し落ち着いてください、殺す気ですか?」

 

淡々とした声で、ほんの僅かに非難するような口調で凛が告げる。

 

だが沙弓はさも不愉快そうに。

 

「殺せなかったじゃないの、和樹を侮辱したのよ、何で止めるの」

 

それはもう残念そうに言ってのける殺すことが全ての前提にあったかのように、殺すことが然も簡単なことだと言うように、相手の生命に何の価値も無いと言わんばかりに。

 

発言に対して凛は少しだけ、僅かに困った表情をして。

 

「殺してどうするのですか、面倒ですよ、沙弓姉様」

 

本当に面倒、それも少しだけだが、を感じさせる言葉を紡ぐのみ、しかもその面倒は死体の処理が面倒だと言うような感じを受ける、人間の殺害自体に忌避観などはまるで持ち合わせていそうに無い。

 

凛の介入で、と言うかその後の面倒を察して沙弓の殺しの空気は散ったのか、殺意を霧散させ気を散らす、攻撃の意思を薄れさせ、それが合図となって凛も剣を降ろす。

 

面倒と言うよりも興が殺がれたというのが彼女の正直なところなのかもしれない。

 

「もういいですが、少し慎重になってください。目立つのも望ましくありません」

 

凛が不満そうに言うが、それだけだ、殺人を未然に防いだ人間の台詞ではない、殺したところで多少の苦言を呈するだけというにも感じる。

 

沙弓は既に夕菜に興味は無いとばかりに銀のナイフを戻し、背を見せて離れていく、そこに別段の警戒は無い、既に警戒に値しないことを悟っているのかもしれない、無論これ以上不愉快な何かをすればその銀の刃は相手に突き込まれることになるだろうが。

 

そしてほんの僅かに沙弓の戦闘に、僅かに無表情を歪めた和樹に近寄る、和樹とて全くの情動が無いわけではなく、限りなく無いだけだ、何より闘争の空気には反応する、いや闘争の空気そのものが彼の最大の情動を促すもの、戦いこそが彼の本質。

 

そんな和樹に優しげな先程の怒りなど微塵も見せず慈母のような表情を向ける沙弓、和樹の表情の歪みの根幹を察しそれを取り除こうとするように、彼女はゆっくりと彼を抱きしめた。

 

 

 

 

 

凛は汚らわしそうに夕菜と玖里子を睨み、やはりその表情に浮かんでいるのは侮蔑と怒り、金や権勢の為に人を自分の親しい人間を貶められた怒り。

 

凛としては親しいと言うだけではない、親しいという言葉で表せる関係ではない、沙弓も凛を親しいと呼びはすまい。

 

彼女たちはそれ以上だから。

 

凛は強く夕菜を一睨みして。

 

鞘に収められた刀の先でおもむろに夕菜の水月、鳩尾を突いた、手加減無く容赦なく、怒りを篭めて、恐怖で震える夕菜は反応することもできずに凛の攻撃を受け、一瞬苦悶の表情を浮かべ意識を失った。

 

打撃により強制的に横隔膜を刺激され肺の中の空気を吐き出され意識を飛ばさせる、もしかしたら肋骨を痛めたかもしれない、正確無比に突いたと言うよりはかなり乱雑な感じで叩きつける感じだった、骨の一本でも折れていても不思議は無いだろう。

 

当の攻撃を加えた凛の表情はやはり侮蔑と怒りそして僅かな喜悦、そうこれは単なる報復、大切なものに手を出した馬鹿に身の程を教えてやるといった風情、もしくは害虫を踏み潰したと言うような感覚だろうか。

 

「式森に下衆が近づくことは私も赦さない、ましてそんな理由では」

 

彼女とて、殺すまでもないとは思っていたが赦すつもりなどない、殺せば彼女の姉と兄の立場が拙くなる、それだけだ。

 

故に痛めつけるのは一向に構わない、それに多少の苦痛を与えないと気もすまないのかもしれない、多少で済ませようと言う発想が出る辺りが彼女が未だ理性を有している証左ではあるだろうが。

 

眺めていた玖里子は目の前に居る二人の少女が自分の考えの及ばない精神を有しているのを悟ったのかもしれない、動かない体に恐怖が走り、彼女は怯えた子羊になるしかなかった、本物の暴力に贖う術を彼女は微塵も持ち合わせてはいなかったのだから。

 

幸運にも凛の暴力は玖里子に振るわれることはなかったが。

 

 

 

 

 

玖里子としては理解しがたかった。

 

当初彼女は快く和樹に近づいたわけではない、本来ならば拒否されるのが目的であったともいえる、拒否される為に強引なこともしようと考えていたし嫌われて当然とも考えていた、そもそも嫌われなければ拒否されないのだからそれは致し方ないとも割り切っていただろう。

 

彼女とて家の、しかも気に食わない長姉の言いなりに夫を決められ子を宿すほど、家に献身的でもなければ自虐的でも悲観的でもない。

 

だから当初は強引に迫り拒否される算段だった、宮間の人間が来ることも察知していたし、それでどうせ騒動になって有耶無耶になると踏んでいたのかもしれない、騒動により忌避されてもそれはそれで構わないとも、やはり思っていただろう。

 

だが、今は目の前に居る二人の少女が理解できなかった。

 

自分をまるで人形のように扱い、本気で人を殺そうとし、絶大な魔力を一薙ぎで振り払う、そして恐怖で震える女の子を刀で殴りつける少女。

 

彼女の常識を超えていた。

 

彼女は考えていなかったのかもしれない、自分にとっての屈辱的な言い付けは、その相手にとっては、それもその相手を狂愛する人間にどれほど怒りを買うか、どれ程の屈辱を味あわさせるか、彼女もその点に思考が行き渡っていなかったというなら自己を中心にしか今回のことを考えていなかったのだろう、程度の差こそあれ、それは宮間の愚か者と変わらない。

 

そして知らなすぎた目の前にいる三人の狂気を。

 

彼らは一人としてまともではない、彼女の常識を逸している。

 

「なんなのよ」

 

だからそれだけを呟いた、理解できない人間に対する呟きを。

 

 

 

 

 

そして夕菜はぐったりと体を横たわらせ気絶した、沙弓の初撃による頬の出血をそのままに、鋭い一撃だったとはいえ刃物には適さない銀による一撃、傷痕は残るだろう。

 

荒い刃物の傷跡は細胞が潰される為に傷跡が残りやすい、女の顔に横一線の傷は見れたものではないだろうが、それを気にするような加害者、この場合どちらが加害者か判ったものではないが知ったことではない。

 

自業自得ではあるが、本来の彼女の美貌にすればこれはかなりの損失だろう、沙弓にしてみれば生きていられるだけ幸運といったところかもしれないが。

 

 

 

 

 

そして背中で凛の放った攻撃の音を聞きつつ沙弓は慈母の表情で、和樹に近寄った沙弓は優しげに口を開く、先程のから残る空気の中でそれが妙に浮いて聞こえまた場違いにも感じるが、紛れもなく感情の篭った声。

 

優しい声、穏やかな声。

 

「和樹、ごめんね、煩かったでしょう」

 

彼女にとっては先程の殺人未遂が煩いと呼べる事象だったのか、それとも和樹が今のことを雑音としてしか認識していないのを見越してか、先程の殺意など払拭し優しげに語りかけ、その頬を撫でる。

 

和樹はされるがままにされ、わずかに心地良さそうに頬を緩め、沙弓の頬に手を添える、まるで互いに慈しみ合うように。

 

もう一方の和樹の手が沙弓の綺麗な髪を梳く、無表情でありながら微妙な親愛の空気が流れ、その手の感触に沙弓が恍惚とした顔を浮かべる。

 

和樹も不快な喧騒から彼女を癒してやりたいとの考えが浮かんだのかもしれない、その手つきは穏やかで僅かな親愛が溢れ、それをまた沙弓が上気した顔で反応する。

 

それを見やる凛の瞳が微妙に曇る、彼女はこの三人で一番常人に近い理性を保持している、彼女としては狂ってしまいたかったのかもしれないが。

 

和樹が求めたのは沙弓、凛ではなく、無論それは凛が感じている程度で二人の間にそれ程の差は無い、だが彼女は自分が未だ二人の域まで狂えていないこと、本人がそう思っているだけだが、其処に隔意を感じている。

 

凛も和樹を求めた、只凛は狂えなかった、和樹の狂気まで、和樹の狂気を見て恍惚に笑む沙弓の狂気にまで至れなかった、故に凛は踏み込めない、恐らく望めば沙弓も和樹も同じ狂気の内にいることを赦し、三人で狂気を保つ。

 

ただそれだけ。

 

二人の空間が三人になり、二人で和樹に尽くすだけ。

 

凛は心からそれを望み、一歩手前で躊躇っていた、本能が躊躇う和樹の狂気はそれ程。

 

狂気を望むものがその狂気に躊躇うほどに。

 

 

 

 

 

そして今の沙弓と和樹の行動は、闘争の空気の後に二人が行う儀式、身に澱んだ殺意を浄化する手段、殺しと言う不浄を脱ぎ捨てる行為。

 

高ぶった気を、淫欲に昇華し、互いで霧散させる行為。

 

沙弓が、和樹が頬に互いに手を添えて唇をあわす、軽く触れ合うように合わせるだけの接吻。

 

「はぁっ、和樹、和樹」

 

傍観者を無視して何度も啄むように唇を合わせる、ゆっくりと徐々に長く深く、次第に舌を絡め沙弓のはく息が艶を帯びる、情欲の発露を帯びさせる。

 

といっても傍観者もそれほど二人の睦みあいを見ていたいわけではない、と言うか当事者以外が居ないところでやってもらいたいことだ。

 

この二人には言っても聞かないだろうが。

 

特に沙弓は、闘争の後だけでなく気が昂ぶったり、和樹を失うという不安感に駆られるとこのような粘膜接触を望む、時たま昼休みや授業後にさえ求めるのだから。

 

沙弓ははっきり言うと節操なしに和樹を求め、そして沙弓の淫欲に和樹は答える、和樹は沙弓に依存し、沙弓は和樹の存在に精神を保つ。

 

狂った精神ではあろうが。

 

だが、このまま無視して交尾でもされたらたまったものではない。

 

特に凛が、凛とて和樹に愛を超越した感情を抱いているのだから、只沙弓より幾分理性的で、後塵を拝しているだけだ。

 

「沙弓姉様、和樹兄様、おやめ下さい、そういうことは後で存分にしてください、私を混ぜてくれると嬉しいですが」

 

微妙に頬を赤らめながら嫌そうに凛がたしなめる、一部不穏なことを言ってはいる、後塵を拝しているとはいえ、和樹とは既に交わっているらしい。

 

その言葉に沙弓は絡めた舌を解き凛のほうに蕩けた顔を向けて淫靡に笑う、邪魔をされた不快というよりは何かを期待する笑み、とても淫靡な笑み。

 

沙弓は特定の恋愛に対する禁忌と言うのを持っていない、そんなちゃちな常識などとうに捨て去っている、和樹の癒しとなる女性ならば体を交えようと構わないと考えている、自分の愛する男を共に愛するならばそれも和樹を理解し身を捧げる覚悟を持つならば。

 

沙弓はその女さえも愛する、和樹の狂気を支えるには自分の狂気では足りないとわかっているから、沙弓は凛が直ぐにこちら側に来ることを察している。

 

凛が最後の一歩を踏み込むことを判っている。

 

凛は沙弓と和樹の双方に愛されるようになり、双方を愛するだろう、それが世間的な愛と言う定義とは外れようと。

 

表現するには愛もしくは狂える愛、もしくは連帯意識。

 

だが言葉を無視して再び舌を絡め互いの口を蹂躙する、沙弓の手が和樹の服を脱がし和樹の手が沙弓の女を刺激する。

 

 

 

 

 

そこからは狂態の饗宴が始まった、未だ玖里子が動けないものの意識を保っていると言うのに、凛が沙弓と唇をあわし、和樹と合わせる、三人で舌を絡ませ互いの体を愛撫する。

 

それはとても淫靡で背徳的。

 

舌を絡ませる間に沙弓と凛は半裸になり、沙弓は豊満な乳房をあらわにしそれを和樹に押し付け首筋に舌を這わせる。

 

凛は下着を脱ぎ捨て、純白の臀部を露にして女陰を晒し、和樹の股間に顔を埋め、陰茎に舌を這わし室内に淫らな水音が木霊する。

 

そして徐々に少女の声の質が変わる。

 

和樹は未だに無表情だが、その手は沙弓の乳房を揉み、乳首を摘み刺激し、舌で舐る。

 

もう一方の手で、凛の股間に指を這わせ、その亀裂に指を挿入し刺激する、その指の動きが変わるたびに甲高い声が響き彼女の悦びが鳴き、一層口の動きが激しくなる。

 

 

 

 

 

そして和樹が横になり、今度は沙弓がその豊満な乳で和樹の男を包み上下に刺激し、先端を舌で愛撫する、その先端から生じる液体をまるで美酒のように嬉々とした表情で舐め採りながら。

 

凛は和樹の顔の上に跨り、今にも達しそうな表情で女陰を舌と指で舐られている。

 

時折、体を震わせ歓喜の声をあげ最後には和樹の顔に座り込み陰唇を押し付け直接舌を挿入され、和樹のモノを口に含み背中から沙弓の手で乳房を愛撫され首筋に舌を這わされアナルを刺激され達する、そして凛が絶頂に達し恍惚としている間に、沙弓が和樹のモノを女陰に挿入し享楽の表情を浮かべ始める、挿入されるだけでイってしまい、それでも自分から激しく腰を振り和樹を刺激する。

 

暫くするうちに和樹も達し、熱いスペルマが沙弓に注がれるが、それでは和樹は止まらない、無表情な顔の中でも、わずかな征服欲のようなものが垣間見え衰えない男根が貫き続ける。

 

それからは凛が復活し、沙弓の挿入部に舌を這わしたり。

 

互いに交互に貫かれたり、片方が貫かれているときは貫かれている女が残りの女の女陰を舌で奉仕するなどの饗宴が続く。

 

和樹の性が凛の膣に、沙弓の膣に、互いの顔に口に胸に放たれ互いにそれを嘗め合い、最後には二人のしたを絡ませるように和樹を舌で悦ばせ果てさせることで終わった。

 

あまりに淫靡でモラルに反した男女の交配、避妊など考えず性を放ち。

 

もし子が為ればこの二人はその子を狂気の喜びの中愛でるだろう、世間体など考えず。

 

愛する男の子ならばそれが他者の子であれ愛するだろうから。

 

 

 

 

 

それを見せ付けられた玖里子はもう何がなんだかわからなくなっていた、彼女は本来純粋で男女間のことには見た目や彼女の風聞から見れば初心な少女。

 

男女の交わりなど経験がなく、それを見たこともない、それを見せ付けられる衝撃は如何程のものか。

 

只、年齢相応の少女の好奇心として彼女の股間は湿り、興奮はしていたのだが、それは致し方ない。

 

 

 

 

 

因みに夕菜は未だ気絶中、起きていれば寮が吹き飛んでいるであろうが。

 

 

 

 

 

で、情事も終わり、幾分落ち着いたときの少女の開口一番の台詞。

 

「いたの?」

 

玖里子に対する言葉である、どうやらマジに存在すら忘れ去っていたらしい、興奮状態の沙弓は欲情状態から和樹に目を向けるのに集中し、凛は夕菜をぶちのめしたあと、この二人の行為で火がつきやはり無視。

 

現在二人共腰に辛うじてスカートを引っ掛け片足に下着、上着は凛が胸を全開で引っ掛けているだけで、体のあちこちに精液がこびりついている、和樹はそんな様子の凛を横抱きにして髪を梳いて時折唇をあわしている。

 

凛は恍惚としているのだが和樹が無表情なのでどうも睦みあいには見えない。

 

沙弓はスカートだけの半裸で呆然としている玖里子を見据え続ける。

 

「人の情事の鑑賞は如何だったかしら風椿」

 

微妙にからかうように嘲る様に言う。

 

玖里子は未だ反応できていなかったが、只呆然とし、それから何かわからないうちに気付いたら玖里子は寮をあとにしていたようだ。

 

 

 

 

 

因みに意識を取り戻さなかった夕菜は沙弓と凛に「よっ」両足を持って引きずられ近くの生ゴミを捨てるところに放置されたと言う。

 

目が覚めたとき辺りに猫や烏がいたらしいが餌にでも見えたのだろうか。

 


後書き、微妙にダークの度合いが上がっていますが、これ以後の展開ではダークが強まったりギャグが強まったりとなっています、この作品もメイド編で止まっていますからメイド編のほうには入らないで改変するかもしれません。

 

改変前を読んでいる方は知っているかもしれませんが、もしかしたら浅上藤乃編か戯言編への方向性を考えています。

 


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