空の境界―黒桐幹也の非日常―

 

 

 

 

その日、廃墟というか完全に廃墟と形容すべき外見を持った建築物、と言うか建築途中で完成を放棄された建物であるのだが、面倒くさいから廃墟と規定する。

 

だってどう見ても廃墟だし、この手の規定には何の意味も無いだろうが。

 

で、その廃墟、所有者、蒼崎橙子において“伽藍の堂”と名づけられた事務所にて。

 

オーナー兼所長の蒼崎橙子は物思いに耽っていた。

 

本来、傲慢にて我が侭、傍若無人にて不遜、思慮深くはあるのだが、その思慮を他人に漏らさず、内に持ち“知”と言う力を用いて現世に於いて力を振るう超越者。

 

表向きは建築家兼人形師、裏向きは“赤”を冠する稀代の魔術師、蒼崎。

 

彼女が思考に耽るような事柄などあまりは多くない、その知性を持って大抵の事はすぐさま解し、思考を終えてしまう、“天才”と分類される彼女に於いて悩むべき事柄はそれほど多くない、まぁ、下らない雑事に妙に精力的に思考を傾ける嗜好を持っていたりするが。

 

その悩んでいる様子はそのとき事務所にいた唯一の所員たる黒桐幹也の関心を買うには十分すぎる事柄であった、なにやら悩んでいる様子に本能的に不安を覚えたのかもしれないが。

 

 

 

 

 

ふと、僕が顔を上げて雇用主、橙子さんを見るとなにやら物思いに考え込んでいるようだった。

 

近々珍しいことで最近は創作意欲が沸いてくるとかでなにやら仕事が忙しかったのだが、また何やら創作の考えでも沸いたのかもしれない。

 

僕としては仕事があるとキチット給料を払ってくれるので問題は無い。

 

筈なのだが、この感じる嫌な予感は何なのだろうか、無性に居心地の悪さを感じる。

 

そのまま橙子さんを眺めていると。

 

橙子さんは黒色のスーツを身に付け首筋を露にし耳にオレンジ色のイヤリングをした姿はやり手のキャリアウーマンを思い起こさせるが、その性格がその手の仕事、特に人と交わる営業などの仕事には絶対に向いていない、向いているとしたらマフィアの女ボスか。

 

そんなことが僕の思考によぎった、我ながら失礼な考えとは思うが、何となく嵌まり役だと思う。

 

「どうした、黒桐」

 

僕が不穏なことを考えたのを察したのか、どうも僕の師は自分の悪口を考えただけで反応する気がする、慣れたことだがやはり驚かされる、その驚きすら隠せるようにはなっていたが、我ながら嫌な技能を身に付けたものだ。

 

因みに考えたことを口にしたらと考えたら、やめよう恐ろしい考えに発展しそうだ。

 

「何も、橙子さんこそ何か考えていたんですか?考え込んでいたようでしたが」

 

僕は当たり障り無くそう返した。

 

「質問に質問で返しているな、まあいいが。何を考えていた、か。聴きたいか黒桐」

 

どうやら聞かせる気のようだ、後やめてくださいその見透かした目は落ち着きません。

 

揶揄するように橙子さんは口元を吊り上げた、眼鏡を外したこの人は底意地が悪くなり口調も乱暴だ、眼鏡を掛けていれば意地が悪くないといえばそれは間違いではあるのだが。

 

どうも不穏な考えが続いている、身の為に口外出来ない内容が続いている。

 

「やはり何か私にとって不愉快なことを考えていないか黒桐」

 

何処まで感がいいんだろうこの人は。

 

手元からタバコを取り出し火をつけ、その先を僕に突きつけながら問うて来る雇用主、やっぱり心が読めるんだろうか。

 

出来ないのは知っているけど、様子を観察すると完全に否定できない気がヒシヒシとする。

 

ああ、その表情でわかったこの人は僕の反応を楽しんでいる、なら望み通りになるのは幾分癪だ、そう思っても何かが出来るなら喜ばしいんだが、意趣返し出来たためしも無いし。

 

僕と言う黒桐幹也と言う存在にこの女性に何らかの報復をする手段は思いつかないし考えることを体が拒否する、するだけ無駄とわかっていることはしない、それが自然の摂理だろうし、理に適っている。

 

「だから何も考えていません、で何を考えていたんですか。その話だったはずでしょう」

 

話を進ませることにした、だけど橙子さんはさらに維持が悪そうに口元を歪ませる何を考えていたんだこの人は、自分の雇用主ながらどうにも判らない。

 

その人に雇われている僕も僕だという考えは置いておいて。

 

そういえば式が言っていたっけ、橙子の言葉を正面から聴くもんじゃないと、あれは私とお前とは考えと言う概念そのものが違うって、確かにそう思う。

 

この人は式曰く、境界の外の人らしいし。

 

あんまり意味は分からないけど。

 

「何も考えていないか、人間はいつも何か考えているものなんだが。知っているか、何も考えていないと思っているときのほうが脳はより効率的に働いている、集中しているときよりも多くのことを成そうと従事しているんだ。記憶の整理や記憶経路の形成は無意識時に行われる、睡眠時や休憩時だが、集中状態でなければ脳は効率的に機能しているものだ。

それに人間は考えている動物だぞ。人間が万物の霊長として種の頂点に立った利点が考えるということだ黒桐、お前がそれを放棄しているとは思えん。よって何を考えていたか私に言ってみろ。お姉さんは何を言っても怒らない自信が有るぞ」

 

どうやら自分の考えを披露することよりも僕を苛める事に快感を見出しているらしい、僕を追い詰め僕の考えを聞きだすことに悦びを見出しているようだ。

 

式、今更だけど君の言った通りここを辞めたほうがいいのかもしれないね。

 

自虐的なことを考えても生産性も現状を打開するに何の役にも立たないと理解する頭は目の前の雇用主の言うとおり考える動物である人間である以上理解しているし、自覚もしている、だからと言って。

 

「貴方が、底意地が悪くて、今の職業以外マトモに定職に就くことが想像できずに、マフィアの女ボスぐらいしか考え付きませんでした」

 

と正直に吐いたとしよう。

 

言葉の通りだとしたら怒りはしないだろう、表面上は、逸れはもういい笑顔で哂いかけてくれるはずだ、底意地の悪い笑みで。

 

考えられることは幾通りかある。

 

先ず、今月の給料が無い、もしくは減る。

 

その二、仕事をしなくなる、少なくとも事務仕事は全部僕に押し付ける、そして僕を言葉で散々苛めるだろう。

 

三、考えたくない、どうなるか考え付かないが深く考えるとどうも体の奥底から震えが来る、考えることを体が拒否する、頭の防衛機制が考えるということを禁止している。

 

生物とは本来本能に忠実に生きることが自然の摂理に適っているだろうから。

 

本能が拒否することはしないことが一番だ、よって、徹底してはぐらかすことに決めようと思う。

 

「で、話の続きです、どうせ考えていたことを話すつもりなんでしょう、面倒はやめて話しましょうよ、僕も仕事がありますし。手伝ってくれるんですか」

 

指で僕の机の上に詰まれた書類を指す、数時間前目の前の雇用主に押し付けられた書類だ、目でもあまり時間をとらせると手伝ってもらいますよと語りかけてみる。

 

「そうか、まあいい、話をするか」

 

どうやら、手伝ってくれる気は無いらしい、先程から何もせずに考え込んでいるだけだったのだから少しはこちらも手伝って欲しいところは本音だったのだが。

 

この人は給与の支払いを平気で延滞するくせに、平気で自分の分の仕事もで押し付けてくる、だが苛めから逃れられたのだから僥倖だろう、この程度の労力で追及が逃れられるのだったら軽いものだと思える自分が少し悲しい。

 

心底。

 

だが、僕は見たそのとき先程の底意地の悪い笑みよりも一層性質の悪い、この人が浮かべるのを限定で僕の危険信号と言うか生存本能に直結する部分が警鐘を鳴らす表情を。

 

そう、まるで楽しい玩具を見つけた目で僕、黒桐幹也を見る目だった。

 

 

 

 

 

「黒桐、お前に質問する。正直に、そして反論せずに私の問いに答えること。これは決定事項だ。もし嘘、もしくは黙秘権を行使した場合、君の給料が大変なことになるからそのつもりで。拒否権は認めない」

 

理不尽な、僕はそう思った。

 

今更のような気もするがそう思わずにはいられない目の前の女性、見目麗しいその姿の背中から蝙蝠の羽と尻尾が存在するのを僕の精神は僕の網膜に映し出しそうだ。

 

もしかしたら体内に悪魔を飼っているのかもしれない。

 

そしてそれが間違いでないような気もする、そんな考えが冗談で済ませられない人だから。

 

 

 

 

 

橙子さんは座りなおし僕の顔を見つめ、やはり邪な笑いが張り付いている気がするのは僕の被害妄想だろうか、そしてそのまま口を開いた、僕からの返事は何も聞かないまま。

 

どうやら僕に反論も、黙秘も、虚言も赦されない尋問が開廷するようだ、僕はこれを質問だとは認めない尋問だ、質問には拒否権は認められるんだろう。

 

「黒桐、先ず最初の質問だ。お前の女性経験は、この場合性交渉に至った人間ではなく粘膜的接触、つまりはキス、接吻、ベーゼと呼ばれる行為に相当する奴だが、ある場合はその相手も言うように」

 

のっけから何を言うんだろう、この人、妙に冷静な部分の頭でそんなことを考えていた。

 

どうせとんでもないことを聴いてくると考えていたのでそれほど驚きはしなかったが、どうやら真剣に転職を考える必要があるのかもしれない。

 

「ああ、この質問が終わった後、辞表は受け付けない、無断退職も無しだ。私から逃げると言う甘い考えは未来永劫捨てたほうがマシだろう。逃亡も無意味だ」

 

やはり心が読めるんだろうか。

 

「さっさと答えろ黒桐、黙秘に対しては給料の天引きで対応する」

 

期日にマトモにも払わない癖に、と内心思いつつ。

 

「性交渉はありません、粘膜的接触とやらは・・・・・・・・・言わないといけませんか。」

 

記憶の糸を手繰る作業を態々この理不尽な質問に答えるためにやるのはホトホト重労働と言うか精神的苦痛が伴ったのだが、その糸があまりこの場で語りたくない、語った後の未来が簡単には想像できないものに該当したから。

 

出来るだけ語りたくは無いが。

 

「黙秘、拒否、虚言は認めないさもなければ・・・・判っているな」

 

その考えは赦されないらしい。

 

また意地の悪い笑みを浮かべている、やはりこの人は生まれながらにして内に悪魔を飼っているようだ、そんな確信を胸に抱きつつ、この言葉を語る時、和服の美少女が胸を通り過ぎ少し胸が痛んだ。

 

「式です・・・・・・・・・・・・それと、橙子さん」

 

最愛の少女の名を口にし、かなりの逡巡と葛藤を胸に飛来し、喉が切り裂けるような苦痛を恐らく幻痛だろうが、を感じ、後者の名前を口にした。

 

あまり記憶に確かではないが、目の前にいる性格破綻者とその・・・・・・・・粘膜的接触をした記憶が微かにある。

 

 

 

 

 

確か。

 

目の前にいる性格の悪い、経営観念の無い性格破綻者、段々表現がきつくなっているような気がするが逸れは致し方ないことだと理解してくれることを願う。

 

僕だって理性ある人間であるつもりだが、同時に感情ある人間でもある、自己の感情を完全に制御出来るような人間としての器はまだ手に入れていないし、手に入れる見込みも無い、故に、この脆弱な精神で、理不尽存在と会話する以上は精神が磨耗するのは人間の正当な疲労として受け入れていただくとありがたい。

 

形容表現がきつくなるぐらいがどうだというのだ。

 

その橙子さんと年末に仕事をしていたときだった、年収めの仕事で、仕事の後。

 

珍しいことに、橙子さんの奢りで従業員二人だけの忘年会と称した食事に出かけた、僕は式も誘おうとしたのだが、式は実家のほうで用事があると断られたと記憶している、式の家は旧家であるから年末年始の行事などが多いのかもしれないと訝しがらずに納得し、その日は雇用主との食事と相成った。

 

といっても、雇用主も従業員の給与を延滞するような経営者であり金銭的に豊富かと問われると首を傾げる存在だ。

 

それなりの人物であるので仕事をすれば金は入るのだが浪費癖に近いものが有るし、気分で仕事をするので収入が安定しないため定期的に入る金は無い。

 

ので、男女、それも妙齢の美女を連れて入るには相応しいとは思わないのだが、雇用主が自分から居酒屋に入り。

 

この日の橙子さんは幾分ご機嫌だったのだろう、飲食費を奢ろうとする辺りかなり機嫌が良かった筈だ、何で機嫌がよかったのかは察しようがないが。

 

結果としてはかなりの酒量を飲んでいた、それはもうたくさん。

 

基本的に少量の酒で酔うような橙子さんではないし、僕もそれなりに嗜む、それでも何故かご機嫌と言うか、ピッチの早かった橙子さんは、いつもより多くの酒を胃に流し込み。

 

胃からアルコールを吸収し全身に回った後には一人の酔っ払いが完成していた、酔っ払いは一升瓶を抱えて眠りこけていたが。

 

幸せそうな橙子さんを起こす気も無く、先ず起こしても起きるような気配は無かったが、支払いはちゃっかり橙子さんの財布から支払い。

 

自分では支払い限界の額を超えていたので立て替えるのは無理だったし。

 

橙子さんを背負って、事務所の橙子さんの私室に連れて行ったのだ。

 

 

 

 

 

只、ベッドに寝かせるときにいきなり僕に抱きついて、唇を押し付けられたそれだけ。

 

次にあったときには二人共、橙子さんは覚えていないと思っていたし、何事もなく過ごしていた。

 

只、その夜帰ってから式が訪問してきて、その視線と、何で橙子の香水の匂いがすると言う問いには心底怖かったと覚えている。

 

ああ、これが恐怖と罪悪感かと理解し僕の人生で芯から理解したのもそのときだ。

 

 

 

 

 

接吻した事実を話した直後の橙子さんの顔が驚いたようになり、それが微妙に愉快な気もしたが、次に微妙に不機嫌そうな顔になったのには背筋が寒くなった。

 

僕としては事故と認識しているが、それで済ませてくれないかもしれない、いや覚えていないのならなおさらだ。

 

だけど黙秘をすればこの人はしつこく僕が吐くまで詰問するだろうし。

 

「黒桐、いつの間に私の寝込みを襲った」

 

誤解したか、只不機嫌そうでも、何故か拗ねた表情なのが気に掛かる、何でそんな表情をするのだろう、不機嫌になるのは判るのだけど。

 

「襲っていません」

 

断固としてその辺は主張しなければならない、そんな恐ろしいいことを僕がするとでも、自己の尊厳にかけて否定しますとも。

 

「私は黒桐と接吻をした記憶が無い、そして私は記憶が曖昧になるような事象、つまりは妖精などだがに襲われた記憶も無いし、襲われても対処できる、よって黒桐は私が寝ているときに、この乙女の可憐な唇を貪ったと考えるほうが合理的。それとも私が自分からやったとでも黒桐は主張するつもりか」

 

ええ、まさしくその通りですとも。

 

因みに妖精とは、西洋の御伽噺に出るようなもを指し悪戯好きの妖精を指す、といってもこの妖精の悪戯と言うのはかなり性質が悪く。

 

子供を攫う、記憶を奪う、怪我をさせる、農作物を荒らす家畜を殺すと害虫扱いされているものを指している。

 

追加すると、子鬼(ゴブリンやピクシー、ドワーフなども妖精にされている)、日本語で分類すると妖怪の一種。

 

それに誰が可憐ですか、乙女ですか。

 

「黒桐」

 

何か言いたげな目線だ、やはり心が読めるのかもしれない、この理不尽大魔王。

 

最早不穏な思考がかなりの危険度で頭を巡るが言い訳を言わなければ何か大変なことが起こるような予感がするので僕はその忘年会の日のことを詳細に説明することにした。

 

当然の如く橙子さんは覚えてはいなかったが。

 

 

 

 

 

「まぁ、何の不幸か知らないが私の貴重な唇が私の下僕に奪われたと言う悲しい出来事は捨て置いて、次の質問に移ろうか。それに何かと都合がいい(何が都合がいいのだろうか)。第二の質問だ、やはり拒否は赦さない。式とは何処まで進んでいる」

 

何かとても不名誉なことを言われ、しかも悲しいとか、不幸とかは相手が女性だからしょうがないとして、僕って橙子さんの下僕だったのかと再認識させられ、何故か納得した自分が一番に理不尽に感じる。

 

そして呟いたように言った、都合がいいって言うのは何だろう。

 

「ええと、あのどういうことでしょうか?」

 

式とはどこまでって。

 

「つまりだ、性交渉が無いのはわかったが粘膜接触有りどういう関係まですすんだのかと聞いているのだ」

 

 

 

 

 

「私と幹也がどういう関係だろうとお前に関係があるのかトウコ」

 

私、両儀式が幹也を迎えに来た時この女、私から見て人格破綻者、幹也と言う人間の雇用主であるが私は度々幹也にやめるように説得するが未だに聞き入れられない。

 

何がいいのか悩むことだが、将来的に害になる気がする、現に幹也は時折極度の貧困に悩まされている、今夜にでももう一度説得してみよう。

 

幹也が私のほうを見ている。

 

「ああ、幹也、迎えに来た。メシを作っておいてあるから帰ろう」

 

幹也に向かって要件を告げる最近コイツの夕食は私が作ることが多い、喜ぶ顔が嬉しいので作っているが、素直に私の料理を評価されるのも楽しみの一つではある。

 

「ああ、式」

 

だが、幹也は何故か困ったような目でトウコを見る。

 

何故か私の視界の端でトウコが不機嫌そうな顔をしていた、私を睨むような、幹也を睨むような、幹也が何かしたのか。

 

まあいい、聴けば判ることだ。

 

「オレに何か用かトウコ、そう言えばさっきの質問にも答えてもらっていないな」

 

聴いたのだが、トウコは腹に何かを隠したような笑いを浮かべ、何故か怖気が走った、この両儀式たる私が、トウコに恐怖を感じた。

 

傍らにいる幹也のほうも何か引き攣った笑いをしてトウコを見ている、ああ、私もそういう表情をしているのかもしれない。

 

根拠の無い恐怖には人間笑うしかないのかもしれないし。

 

「式、何お前たちの関係を質問していただけだ、お前と黒桐の関係を。それにそうだな、式、お前に聞こう、お前と黒桐の関係は何だ、因みに偽証、黙秘、拒否は認めない、人質は黒桐の給料だ」

 

その私でさえ怖気が走る笑みを浮かべたままトウコが語る、給料の当たりで幹也がビクっと跳ねたので本当に脅されていたらしい、本当に碌なことをしないなこの女は。

 

やはり人間とは思考回路と言うか発想が異なるのだろう、そう確信した、人と異なるヒトとマトモに会話が成立すると考えるほうが愚かだ、この女は下世話で理不尽で不愉快だ。

 

「何で聴かれているのか判らんが、よく判らん、私に人間関係を聞くな、それ以前になんでそんなことを聞く」

 

私、たる両儀式が人間との付き合いが薄いことなど承知だろうに、質問の意図がまるで掴めない。

 

私がそれほど他者に興味を示さない種類の人間だとわかっているだろうトウコ。

 

「何、ちょっとした調査だよ、で関係は」

 

しつこいな。

 

幹也が口を開く、なんとなく嬉しい内容だ。

 

「ええっと、まぁその恋人ですか」

 

私の頬が赤くなるのが分かる、ガランドウだった私の心が埋められたときそれを埋めたのは日常で時間だった、只その時間に幹也がいた。

 

只、私には恋人と言う関係がどんなものかはわからないが、私は誰かに恋人か?ときかれたら答えられないかもしれない、自分達の関係がそういうものなのかよく判らないから。

 

「式は?」

 

どうやらトウコも聴いてくる、本当にしつこいな、いい気分なのに少しムカつく。

 

「幹也の言う通りでいい」

 

間違いは無いだろう、と思う、食事を作って迎えに来て、唇を合わせるのは恋人だろうから、ああ、私の頬が赤くなっているんだろうな。

 

幹也も嬉しそうだ、私の何処がいいのか分からんが。

 

コイツは物好きだ、空っぽの私を好きになるなんて物好き以外存在しないだろう。

 

何故かトウコは更に不機嫌そうなんだが、何で質問に答えてやったのにこいつは不機嫌になるんだ、不条理だ。

 

私は幹也の嬉しそうな顔を見るのが忙しい、お前の不快な気配は煩わしい。

 

「前々から思っていたんだがな」

 

トウコが口を開く、先程より・・・・・・・・なんと言うか眼が恐い。

 

幹也もさっき以上に引き攣っている、と言うか痙攣していないか、大丈夫か幹也?

 

「毎日、夕方になれば、同伴で帰り、時たま昼にはお前が弁当持参で遊びに来て私に見せ付ける、私を誰だと思っている。この事務所あの所長は誰だ、雇用主は、大体お前、式の嗜好を満たしてやっているのは誰だと思っている。それなのにお前らときたら、人の目の前で」

 

 

 

 

 

橙子さんの様子がおかしい、と言うか異常だ、とうとう壊れたかと、思ったが以前から壊れていたような気もする。

 

「そこで私も思いついたんだよ、そう今さっき思いついたんだ、私も女だ、それも年頃のな。

これでも女は捨てていないし、それなりだと思っていたんだ、都合のいいことに黒桐は私の唇を奪ってくれていたしな」

 

式の目が恐い、あれは何、死を探っている、何で袂に手を。

 

僕は背筋が寒くなるのを橙子さんの言葉を聞いた式の様子で感じているうちに、さらに言葉は続いていく。

 

「黒桐を私の者にしてしまえばいいんだ、私の虜に、よくよく考えれば従順だし犬っぽい、下僕にするには丁度いい男だ。式には勿体ない」

 

 

 

 

 

この後、式が橙子さんに襲い掛かり、僕も折檻を受け、その後夕食の席で目の前に肉じゃがと鯖の塩焼き、お漬物とご飯を前にして。

 

「浮気すると覚悟してね」

 

と妙に女言葉な式に優しく脅されたのでした。

 

 

 

 

 

結局は橙子さんは目の前で繰り広げられた、本人たちにあまり自覚の無いいちゃ付がムカついて、キレタらしい。

 

後日、雇用主にマジに貞操を狙われる幹也君がいた。

 

 

 

 


後書き。

余り改訂部分はありませんが再掲載の作品です。
空の境界はお気に入りの作品で、特に和樹に並ぶ不幸の代名詞の幹也君がお気に入りです。
でも、何で管理人が描く男性は幸せな不幸をもつものが多いんだか、謎です。

でも案外、雇用主のモノになれば給料払ってくれるかもしれませんよ幹也君。


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