戯言日和

 

大泥棒とデート日和

 

場所は京都駅ビル大階段の中程。

僕はというと次の仕事が舞い込んできたので依頼人と待ち合わせをしていた。

崩子ちゃんの言葉に混乱はしたけれど仕事は仕事であって、悪質ではあってもお得意様を蔑ろにする度胸など小心な僕にはない。

僕は大きく嘆息する。

「……はぁ」

「何をため息などついておられるのです。お友達」

僕のため息に絶妙に、まるで割り込んでいるのではなく会話の中に既にいたかのようにナチュラルに、自分の登場の仕方を図っていたかのように、彼女がいた。

踊り場ではなく階段の上、黒いスーツにヒール、三つ編みではなく下ろしたストレートの髪、黒いサングラスで僕らを見下ろしていた。

石丸小唄。

彼女は僕らをニヤニヤと、サングラスで目元の確認は出来ないけれどニヤニヤと笑っていた。

「初めてのお嬢ちゃんにはじめまして。そうでないお友達にはこんにちは。わたくし石丸小唄と申します」小唄さんは口元だけを歪めて「指定した時間に遅れることなく間違うことなく到着するのは十全ですわお友達」

お久しぶりです小唄さん。と挨拶し、出来るだけ気を付けて出来るだけ当たり障りなく「あんな手の込んだ案内状を贈りつけてくるなんて暇なんですね。しかも消印なかったですし」

皮肉を交えて僕は言う、朝食の後にいつの間にか郵便受けに入り込んでいた手紙には時間指定以外はまるで暗号だった。いや暗号だったのだろう。到達できたのは偶然に近いのかもしれない。

「陳腐で当然で曖昧な定番どおりの暗号ですわ。あの程度読み解けなければ請負人などというヤクザな商売などとてもとてもできません」

小唄さんが揶揄するように言う。

「だからって暗号ですか」

「だからこその暗号なのですわ」

「そして、今日は何の御用ですか。小唄さんのお手伝いを出来るような能力は生憎獲得していないと思うんですけど」

「お仕事というのはちょっと違うのですが。生憎わたくし最近時間をもてあましております、退屈で退屈でしょうがないのですわ」

やっぱり時間潰しに暗号を贈ったんじゃないだろうか。

「で、何用ですか?」

「暇なのでデートでもいたしませんかお友達」

「……」

「あら、笑ったり、ため息をついたり、儚んだりしないんですのね」

小唄さんはつまらなさそうに言う。

本当につまらないのかもしれないが多分演技だろう。

「女性に誘いの言葉を言われたらそれなりのリアクションを取らないと十全ではありませんわ。そうですわね、お嬢ちゃん」

崩子ちゃん、機嫌がよろしくないという表情を作り「お嬢ちゃんじゃありません」

「そういった台詞が既にお嬢ちゃんですわ。お嬢ちゃん」

口上だけでも大泥棒の小唄さんに崩子ちゃんでは太刀打ちどころか同じリングに上がることすら許されないらしい。崩子ちゃんは悔しそうに僕を睨む。

その姿に内心苦笑しながら。

「で、本当の用件は何ですか。小唄さん」

まさか、本当にデートの申し込みというわけでもあるまい。

「何を言っているんですの、お友達。デートのお誘いと言ったと思うのですが」

どうやら嘘を突き通すつもりらしい。

バレバレなのに。

バレているのを自覚しているだろうけど。

笑顔で嘘を突き通すつもりらしい。

そもそもスーツ姿で来ておいてデートはないだろう。嘘を嘘だと判って相手も判っているのを判って言っているのだからこれ以上の無粋な突っ込みは控えたほうがいいのかもしれない。

それよりも乗ってあげるのが親切というものなのだろうか。

お得意さまなのだし、碌なお得意さまではないのかもしれないけど。

僕はため息を一つついて。

「じゃあ。何処に行きますか。小唄さん」

「何処に行きたいですか。お友達?」

小唄さんは小首を傾げていった。偽者だと判っていたら似合っていませんと突っ込めただろうが本物だったら何を言われるか判らないので黙っておくことにしよう。

 

僕と小唄さんと崩子ちゃんの三人でのデートだった。

崩子ちゃんには睨まれて、小唄さんには苦笑された。

駅ビルの中で小唄さんと崩子ちゃんのファッションショーにつき合わされ、紙袋を幾つも持たされて、パンツにジャケットにシャツに帽子にアクセサリ、小物に、時計、下着まで、ありとあらゆるものを小唄さんもちで散財した。ひょっとして荷物もちに呼ばれたんじゃないだろうかと疑いたいぐらいには。

老舗の京風懐石の店で崩子ちゃんが舌鼓を打ち、昼間から小唄さんは冷酒を楽しんでいた。

茶店でお茶と京和菓子を堪能した。

不機嫌な崩子ちゃんは年頃の笑みを浮かべ、皮肉っぽい小唄さんは皮肉っぽかった。

遊んで、買って、食べて、はちゃけて。

まるで仲のいいグループの遊びの時間のように。

楽しめる時間だっただろう。

でも楽しめるのは終わりがあるからだ。

 

 崩子ちゃんが本屋で書籍を選んでいる中、書店内の喫茶で僕は小唄さんに問う。

「そろそろ種明かしをしてもいいと思いませんか。小唄さん」

僕の言葉に小唄さんはにんまりと笑って、微笑んだ。

「種明かしも何もありませんわ。退屈だから呼んだんです、楽しむために。それに、そもそも私の仕事は誰かの手伝いを必要とする類ではありませんわ」

その微笑に毒気を抜かれたような気持ちになりながら。それでも何かの仕事請けていたんですねと心の中に記帳する。まぁ、何もなければ京都の地にいることもない人だ。そんなことは最初から判っている。

「私は可愛いお嬢ちゃんと優雅な昼の遊戯を頼みたかっただけですわ。知り合いという知り合いを疑っているのですか。お友達。それは十全な精神構造とは決して言えませんわよ」

「何で、僕が崩子ちゃんをつれて来ると。初見でしたでしょう」

「彼女の存在など貴方を知っていれば知れることですわ。そして一週間も前から仕事で京都を離れた貴方にお仕事でついて来る等、推理という推理など必要とはいたしません」

「つまり数日前から京都にいたと。何をしていたんですか」

「到着したのは今朝ですが。動き出したのは昨日ですわね」

「何のお仕事で」

「お友達、貴方も仕事上のことは他人に話すべきではありませんわよ。まぁ、口を閉ざすほどのことでもございませんから滑らかになってもそれはそれで十全ですが」

それはどっちなんだろう、喋ってもいいのだろうか、駄目なのだろうか。

「それに仕上げはちゃんとご覧いただける予定ですわ。飽くまで予定ではありますが、十全な結果に仕上げてしまいますわよ」

小唄さんが立ち上がる。

「それでは少々お嬢ちゃんのお相手でも勤めてきますわ。お友達は此方でお待ちを追加のスウィ−ツをプレゼントいたしますわ。私は女としての会話をお嬢ちゃんと楽しんできますわ」

 

そういわれると僕が出向くことも出来るわけもなく。

顔を真っ赤にして戻ってきた崩子ちゃんとニヤニヤとそれはもう楽しそうに笑っていた小唄さんを問い詰めることも出来ない。女性同士の話となると僕が対いる余地はないだろう。

 

後に僕が知ることになるのだけど。このとき崩子ちゃんの持っていた紙袋の中には常識を疑うものがあり、それについてのエピソードも存在するのだが、それはまた別の話だろう。

 

その後は塔アパートに戻るだけだった。タクシーから大量の袋を取り出して部屋の中に運び込む。

小唄さんは今もついてきていて、デパ地下で購入した惣菜とワインのみを持っていた。

僕は十を超える紙袋を持っているのに。男女同権主義だというのに。主従関係でもないだろうに。

理不尽を感じたけど、口にしないで労働に勤しもう。

「ねぇ。崩子ちゃん」

「なんでしょう。お兄ちゃん」

未だに真っ赤な顔で紙袋を胸元に抱いているけど、その仕草で中身に今日を持つなって言うのは聊か暴論だろう。だが、今はそれよりも気になることがあるけど。

「鍵、掛けたよね」

「そうですね、お兄ちゃん」

一人暮らしのときは盗むものなどまるでない状況だったので鍵を掛ける習慣などなどなかったのだが女の子と共同生活をするとなって獲得した僕の新しい習慣だ。

「何で。開いているのかな」

「誰かが開けたからではないでしょうか、お兄ちゃん」

まぁ、そうだろう。

誰も空けないと開かないもんだし、鍵って。

「中に誰がいると思う。崩子ちゃん」

崩子ちゃんは嫌な笑みを浮かべて。

「玖渚のお姉さんには合鍵が。死色の真紅は度々鍵開けで、忌々しいい双子も同様です。ねぇお兄ちゃん、あの双子には絶縁宣言をお願いします、それとも鍵明が不可能な電子ロックなどを」

本家の請負人には通用しないし双子の姉妹は叩き壊して入ってきそうだなと思いつつ、僕は曖昧な笑みを浮かべて、今度ね、と言っておく。今度が何時かとは明言しない方向で。

小唄さんは肩をすくめながら。

「入らないのですか。お友達。このようなところで待たされるなどちっとも十全ではありません」

小唄さんに急かされたので自分の部屋のドアを開けてみる。

「お帰りなさいませ、旦那様」

出迎えられた、それもメイド姿で、春日井春日だった。

「お帰りをお待ちしておりました。旦那様におかれましては最近趣味のほうがお盛んだとお察しいたしますので精一杯努めさせていただきます。さぁ、それじゃマットプレイでもしようか、いっきー」

精神的攻撃という観点で何故この女は悉く致命にいたりそうな攻撃が可能なのだった。防御不可能、反撃は可能。

「…春日井さん」

「なんだい。いっきー」

「先生のとこに逃げたんじゃないんですか」

「いやだなぁ。逃げる先を言うわけないじゃないか、これでも逃亡するスキルだけは研究者にあるまじき段階に到達しているんだよ」

確かに研究者は海を冒険チックな方法で越えたりはしないけど。

「ふぅん。で、僕の収入を安定させるために捕まりに来てくれたんですか」

「君はいたいけなお姉さんを売り飛ばすつもりかな。これでも君の客だよ」

「世間では客は勝手に入り込まないしメイド服を着て出迎えたりしません」

「そうだね。でも、厄介になるんだからせめてホストにサーヴィスぐらいはしておかないと。いやらしいこと一杯してもオッケーだよ」

「死んでしまえ」

と、春日井春日に言葉を浴びせかけると。

「よろしいですか。お友達」

小唄さんが僕の前にやってきた。

小唄さんは何気なく春日井さんに近寄って、まるで淑女に対する紳士のように手を差し出して。

「春日井春日さん。わたくし石丸小唄、大泥棒を生業としておりますが。この度赤神イリアさんの依頼により貴女の身柄盗ませていただきます」

どうやら捕獲の依頼はもう出ていたらしい。現金収入のあてはまた自分で探さないと。イリアさん支払いいいのになぁ。

春日井さんの騙したねと言わんばかりの視線を無視してそう思った、そもそも僕は春日井さんがここにいることを知らなかったので無罪なのだから。

 

なお小唄さんは京都で春日井さんの立ち寄る場所を調べつくしており、京都を出ていないことは判っていたらしい。勿論メイド服二着を盗み出したことも。

春日井春日は昨日の時点で立ち去ったはずだが実際は七々美奈々美の部屋で逗留していたらしい。漫画のトーン張りを強制されたらしいが。

 

その後、石丸小唄、春日井春日、僕、崩子ちゃんの四人でデパ地下の惣菜とアルコールを処分した後、小唄さんは春日井さんを手荷物感覚で簀巻きにして担いで行ってしまった。

どうやら食事中に逃げ出そうとしたことが癇に障ったらしい。やはり性悪という評価に間違いはない小唄さんだった。

 

追記、崩子ちゃんは書店で手に入れた本のタイトルは決して教えてくれず、本の在り処すらも僕には把握できなかった。一体何の本だったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

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